第854話 わざわざ教えてやる必要はない

 煉瓦れんがの壁で囲まれた先……。


 永遠に続く夜を思わせる空間で、首から上がない白い肥満体が、ゲーミングPCを置いたコの字のテーブルについた。


 誰であろう、邪神イピーディロク。

 背徳と悪行をつかさどっている彼は、ゲームに凝っているようだ。


 同じくゲーミングチェアに座ったまま、両手でキーボードを打つ。


 瓦礫がれきだらけで、新品のインテリアは冗談のようだ。

 ゲーミングらしく、ピカピカと光り続ける。


 ふと、据え置きのゲーム機、バレステ4のビッグファンタジーで、有料DLCが販売されると分かった。


 すぐにマウスを動かし、情報を求める。


“この有料DLCは、バレステ専用です”


 手を止めたイピーディロクは、そのモニターを眺める。


 どれだけ見ても、バレステ4の文字はない。


 2つの手の平にある、鋭い牙が生えている口が、どちらも叫ぶ。


『『ふざけるなぁあああああっ!』』


 顔がないのに、その憤怒が思い浮かぶ。


 手の平にある口が、どちらも呼吸を荒げた。


 ゲーミングチェアに座り直したイピーディロクは、そのゲーム会社のネガキャンをしようと――


 ドスッ!


 チェアの背もたれごと、貫通した。


 左右にブレードがある、クラシックな短剣だ。


 自分の腹から生えてきた銀のダガーを見たイピーディロクは、他人事のように思った。


 すると、もう1つの銀のダガーが突き刺され、サラサラと崩れていく。


「バレステ5を買うかどうか、悩まなくていいぞ? お前が復活する頃には、どうせ6以降で、セット販売があるだろう」


 後ろからリジェクト・ブレードで暗殺してきた室矢むろや重遠しげとおに言われ、それもそうだな、と納得した邪神は消え去った。


 我が神官とならない? と誘いたかったが、もう手の平の口がなくなっていたので、断念。



 ◇ ◇ ◇



 はい。

 そういうわけでね?


 邪神イピーディロクは、出オチだ。


 次に行く場所は、決まっている。



 後部座席で窓の外を見ていたら、声をかけられる。


「お客さんは見たところ、高校生のようだけど……」


 タクシーの運転手に答える。


「ええ。少し用事があって……」


「あの大学は、評判が良くないから……。明るい時間帯でなければ、断っていたよ?」


 うんざりした声音に、質問する。


「そんなに、ヤバいんですか?」


 すると、運転手の雰囲気が変わった。


「あそこの学生が暴れ回ってさあ……。新築の戸建てや団地が、周りの商業施設を含めて、ぜーんぶパア! 担当したゼネコンは、次の決算で潰れるんじゃないの?」


「ひどいものですね……」


「そうそう! 警察も動かず、本当に無法地帯なんだよ、ここら辺! さすがに明るいうちで、外から来たタクシーを襲わないと思うけど……。あっちでタクシーを呼んでも、たぶん来ないよ! どうする? 引き返すかい? 全部は無理だけど、少し運賃をまけてあげようか?」


「いえ、大丈夫です! あっちに知り合いがいるから、何とかします」


「そうか……。日が暮れたら、その家に閉じこもって、外には出ないこった。大学も危険だと思うから」



 色々と教えてもらった後で、タクシーから降りた。


 Uターンした車は、逃げるように走り去る。


 ともあれ、目的地だ。



 俺が見ている看板には、こうあった。


“私立 東京ネーガル大学の正門は、この先”


 苦笑したまま、小声で呟く。


「また、来たぜ?」

 

 一部の教職員を含めて、悪の巣窟となっているとうネ。


 そこが、俺の目的地だ。


 1周目では、警察に追われていて、色々な女と協力したっけ……。



 大学のキャンパスは綺麗だが、近くの古民家は窓ガラスが割れた廃墟。

 シャッターを下ろした個人商店も、荒らされたようだ。


 車道の脇にある街灯は、点きそうもない。


「そして、お前もいるのか……」


 俺の視線の先には――


「もちろん! 2周目だからと、外されるわけにはいかない!」


 黒髪ロングに、紫の瞳。


 気品ある美人系というべきか、その女子は、お約束のセリフを告げる。


「私も同行する!」


「お前が一緒だと、絶対に絡まれるだろ!? 帰ってくれ!」

「やーだー!」


 文明が滅びたような車道の近くで、小坂部おさかべけいが駄々をこねた。


「お前がいると――」

 ヴォンヴォン!


 まだ明るいのに、エンジン音を響かせているバイクが、次々に停まった。


 言わんこっちゃない……。


 どいつもノーヘルで、ニヤニヤしている。


「ひゅーっ!」

「良い女じゃん!」

「ここは、もうブスしかいないと思っていたけど――」


 アスファルトから落ちたように、そいつらが消えた。


 紛争地帯に送ってやったから、せいぜい楽しめ……。


 静かになった車道で、慧を見た。


「式神の契約をするから、指示に従え」

「は――い!」

 

 その場で契約を済ませて、彼女を消した。



 注意するべきは、イベサー『フォルニデレ』にいる『イピーディロクの情人じょうじん』だ。


 今回は普通に倒せるから、アサルトでいいだろう。


 しかし、戦闘力がそれなりで、魅了した男や眷属けんぞくを呼ばれたら、面倒だ。


「そもそも、あいつらは単独で動くはず……。2人いるのは、かなり珍しい」


『各個撃破?』


 霊体になった慧の念話へ、首肯することで返事。


 まだ連中に知られていないから、今回は様子を探りつつ、襲えるタイミングでとっとと倒していく。

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