第852話 ジュリエットの航海日誌ー③

「ろくに整備をしていないから……」


 私は、非常灯だけのエレベーターから出て、本来なら箱ごと移動していくべき空間の端をたどり、点検通路へ。


 通り過ぎていく風が、恐怖を高める。


「あっ!?」


 うっかりレーザーライフルを落とせば、気が遠くなるような高さを落下していく。


 回転しながら壁に当たる音が、反響した。


 エレベーター用の空間で、その端につかまりつつ、暴発したレーザーで撃たれなかっただけいいか、と思い直す。


 両手両足で固定して、1つずつ動かしていく。



 ようやく、まともな床に降り立ち、息を吐いた。


 腕の端末で、マップを確認。


「ここにも、小銃がある……」


 現在位置から近い通路で、施錠されたガンケースから白兵戦用のアサルトライフルを取り出した。


 ケースレス弾100発のマガジンを備えている。


 女子高生の姿をした私には、反動が大きい。


「仕方ないか……」


 マガジンをめ込み、片手でボルトハンドルを引く。


 心地いい金属音と共に、初弾が送り込まれた。


「行こう!」



 デュラララ!


 独特の発砲音と共に、前方から迫っていた人型が吹っ飛ぶ。


 アサルトライフルを両手で構えたまま、私は呼吸を整える。


 通路は薄暗い。

 この区画には、何らかの理由で、エイリアンが住み着いたようだ。


「無人だと、警備システムの穴をつかれたら、こうなっちゃうか……」


 小銃の下には、フラッシュライトがある。


 銃口を前へ向けたまま、その光によって安全を確保。



 ――レベル4 戦闘ブロック


 遮蔽しゃへいに、実弾がバシバシと当たった。


 理解できない言語で叫ぶ男たちは、5人いる。


 こちらを制圧射撃をしつつ、回り込むと理解。


「武器を奪われちゃったかあ……。どこで紛れ込んだやら」


 愚痴を言っている間にも、弾幕。


「あまり好きじゃないけど……」


 えり好みをしている場合じゃない。


 腕の端末で、防衛システムを稼働させた。

 襲っている連中をターゲットに指定。


 すると、壁から四角の物体が出てきて、四本足で立つ。


 私が隠れているエリアで、次々と襲撃犯へ向かっていく。


 ヴヴヴッ!


 重い連射音と、肉体が弾け飛ぶ音。

 悲鳴も。


 ロボット群が先行したから、小銃を構えて、飛び出した。


 阿鼻叫喚の地獄絵図で、踏み出した足に嫌な感触。


 構わず、薄暗いホールを走り抜けた。



 ピ――ッ!  ピ――ッ!


 生徒会長だ。

 けれど、その通信をカットした。


 よく考えれば――


 生徒会長のルイザも、怪しい。


 他のメンバーが室矢むろやくんに汚染されていて、彼女だけ無事だろうか?


「いけない!」


 急いで、現在位置のシグナルも切った。


 ネットワークから切断されたが、サブブリッジまで後一歩。



 幸いにも、原住民――私たちの宇宙船の中だけど――に遭遇せず、ロックされたサブブリッジに到着。


 私の認証でドアが開き、すぐに中へ。



 ――サブブリッジ


 私の侵入で、久々に起動したようだ。


 ヒュイーンという音が続き、天井の灯りで照らし出された。

 慌てたように、換気も進む。


 まさに宇宙船のブリッジだが、比較的コンパクト。


「えっと……。ロールバックができる端末は?」


 ミーティア女学園の図書委員長で、権限は足りる。

 だけど、手順が複雑だ。


「みんなを初期化するから、ボタン1つとはいかないね……」


 うんざりしつつも、ハードの手順から。


 施錠されたカバーを外し、別の場所にあった特殊工具を内部の筒の上に嵌め込み、回転させることで引き出していく。


 それぞれにパスコードを打ち込み、認証を突破する。


 かと思えば、椅子に座ってのプログラミングで、システムを変更。


 もはや、どこかの入学試験だ。



「ふうっ……」


 時計を見れば、到着から1時間は過ぎた。


 近くの椅子に座って、休憩する。


 身に着けていた携帯食を口に入れ、わずかなパックで水分補給。


 ところが――


『キシャアアアッ!』


 ふと顔を上げれば、人型のモンスターがいる。


「あ……」


 重いことで、アサルトライフルは別の場所だ。


 不意を突かれ、すぐに対応できないまま、目の前の死神を見た。


 腰のハンドガンに手を伸ばすも、間に合わない。


 パァアアンッ!


 硬いものが破裂する音。


 片手で頭をかばった私は、恐る恐る、視線を戻した。


 ドサッと、重い物体が倒れる音。


 次に、聞きなれた声。


「ちょっと見ない間に、変なのが湧いたわね? 大丈夫、ジュリエット?」


「う、うん……。ありがとう、生徒会長」


 ようやく、落ち着いた。


 生徒会長のルイザは、清楚な美少女といった風貌で上半身にゴツいアーマーを着込んだまま、重そうな小銃を片手で持った。


「もうっ! 無事なら、通信に出なさいよ? 心配したじゃない」


「ご、ごめん!」


 私の考えすぎだった。


 そう思っていたら、小銃を置いた生徒会長が近づいてきた。


 バッと抱き着き、つーかまえた♪ と、おどける。

 そして、離れた。


「生徒会長? 今は、ふざけている場合じゃ――」

 

 いきなり、私の装備がパージされた。


 緊急時の対応。


 それをやれるのは……。


 考えている間に、後ろへ回り込んだ生徒会長が羽交い絞め。


 いきなり肌寒くなった私は、呆然としたまま、再び近づいてくる人型を見た。


 見覚えのある男子。

 室矢重遠しげとおくんだ。


 後ろから密着している生徒会長が、耳元でささやく。


「だから、言ったじゃない? 『追いつかれたら、終わり』って!」


 自分の正面から伸びてくる両手を見たまま、あと少しだったんだ、と気づく。


 その後には、ニコニコした生徒会長に見られたまま……。

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