第851話 ジュリエットの航海日誌ー②

「みんな、やっているから!」


 誘われた女子は、両手の指をつんつんしながら、悩む。


「う、うん……。でも……」


「すっごいよ! 私、アレなしじゃ我慢できないし!」

「そ、そう?」


「ほら! 騙されたと思って、お試しで」


 モジモジしていた女子は、何だかんだで、メモリを受け取る。


 会話を聞いた私は、気づかなかった振りで、通り過ぎた。



 カペラは、あの室矢むろや重遠しげとおくんの電子モデルを組んだらしい。


 そのデータはどんどん拡散して、ミーティア女学園で知らない女子がいないほどに……。


 決定権を持つ生徒会で対応したいけど――


 室矢モデルに嵌った女子が大勢いるのに、強硬手段をせず。


 本人は、もう帰ったが。

 これじゃ……。



 ――生徒会室


 生徒会長のルイザが、口を開いた。


「じゃ、今回の報告をお願い!」


 他のメンバーを聞き流しつつ、考える。


 この中にも、汚染された女子がいるはず……。


「エルピス号の居住ブロックは、棚卸をしたほうがいいと思います」


 保健委員長はいつも通りだが、彼女はダメだ。

 

 オリジナルの室矢くんを調べた時に、カペラと3人で、数時間はあった。

 2人に組み敷かれたら……。


 コピーですら、女子がこれほど夢中になる。

 現に、彼女は室矢くんを否定したことが一度もない。


「入植させたTG52惑星から、連絡があったけど……。こちらへの支援要請だった。どうする?」


 放送委員長のシアーラは、いかにも嵌りそう。

 信用できない。



 定例会議が終わった後で、生徒会長と2人で残る。


 窓からの夕日をバックにしたルイザは、私の意見を聞いた後で、息を吐いた。


「そう……。私も、考えていたのよ?」


 首肯した私は、これまで言えなかった話をする。


「申し訳ありませんが、生徒会長のログを追って、あなたは信用できると判断しました」


「生徒会のメンバーですら?」


「はい! たぶん、最初に接した保健委員長は――」


 にっこり微笑んだルイザは、近くにある端末へ。


 手早く操作しながら、手招きした。


 おそるおそる、そのモニターを見れば――


『カペラちゃん!? やめて! こんなこと――』


 まさに、保険委員長がカペラに拘束されて、オリジナルの室矢くんに説得されている場面。


 最後には、室矢くんを受け入れて、満面の笑みのカペラと一緒に……。


 監視カメラの映像をとめた生徒会長は、顔を上げた。


 それを見ながら、提案する。


「だったら、すぐに――」

「残念だけど、もう私たち2人だけ……」


 生徒会メンバーのほぼ全員が、オリジナルの室矢くんに説得されたのだ。


「そんな……」


「今、生徒会で決議したら、確実に負けるわよ? だから、これを……」


 差し出されたのは、ここからでは動かせない、ロールバックの権限だ。

 超空間ゆえ、カードキーの形になっている。


 それを両手で受け取りつつ、生徒会長を見た。


「私が動けば、他の生徒会メンバーが気づく……。危険だけど、お願いできる?」

「はいっ!」


 ロールバックをすれば、オリジナルの室矢くんに汚染される前に、みんなを戻せる!


「任せてください! 絶対に、成功させます!」


 いつもの雰囲気で、生徒会長が冗談を言う。


「ジュリエットも、室矢くんの電子モデルを試してみる? オリジナル程ではないと思うけど」

「生徒会長!」


 笑いながら手を振ったルイザは、言い直す。


「フフッ! どうせなら、オリジナルのほうがいいわよね?」

「……もうっ! 他の女子に気づかれる前に、生身でエルピス号の制御室へ行きますから!」


 生徒会室から出ていく時に、生徒会長がボソボソとつぶやいた。


 気になって、振り返る。


 視線を合わせた生徒会長は、すぐに説明する。


「私も、後で向かうわ! 内部の警備システムは動いているから、気をつけて」

「はい」


 生身の女子高生になった私は、大型の車両となっている機動兵器に乗り込み、手動でロールバックを行えるサブブリッジを目指すことに……。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 モニターに照準が出て、トリガーを引く。


 壁から突き出たレーザー装置が、吹き飛んだ。


 その間にも、乗っている車両は走り続ける。



「ここからは、徒歩だね……」


 急停止して、コックピットから出る。

 自衛用のレーザーライフルをスリングで吊り、近くのドアから人間用の通路へ。


 換気はされているものの、カビ臭い。


 私を感知して、天井のライトがついていく。


 ピ――ッ! ピ――ッ!


『聞こえる? 私も、そちらへ向かっているから!』


 生徒会長の声だ。


「感度良好! こちらは、レベル4の戦闘ブロックにあるサブブリッジまで、後少しです」


『そう……。急いでちょうだい! ミーティア女学園のみんなも、気づいたようだから』

「はい!」


『いい? 追いつかれたら、終わりよ!』

「分かっています!」


『フフ……。ゲームは、フェアじゃないとね?』

「生徒会長?」


『健闘を祈っているわ』

「は、はい……」


 話している間にも、サブブリッジは後少し――


 ヒュ――ン


 いきなり、電源が落ちた。


 真っ暗になり、乗っていたエレベーターに閉じ込められる。


「こんな時に! 生徒会長、聞こえますか? ……自力で脱出するしかない」


 私は、非常脱出のパネルを開き、強引に開放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る