第849話 えいりあん!ー③

 カンカンカン


 硬いブーツが金属の床を蹴り、乾いた音が反響する。


 バイザーを下ろしたヘルメットを被った宇宙服のジュリエットは、仲間を残した場所へ走り続けた。


 いつ接敵するか不明で、両手にはレーザーライフル。


『コード・オメガ! 下着まで残した女子が消失して、パワードスーツもかなりの腐食! 警戒を要す!!』


 可愛らしい声で報告したジュリエットは、悲鳴を発した女子がいる部屋へ踏み込む。


 ガリッと靴底を滑らせつつ、銃口を上げたレーザーライフルで、中を見回した。


 人間の背中。

 街にいるような私服だ。


 シュバッ!

 

 熱線は、その人物が立っている床の近くを焼いた。


 仮にも宇宙船の一部で、焼け焦げたものの、穴はできず。


 立ち上がり、振り向く。

 男……いや、男子。


 小銃を構えているジュリエットは、相手に驚くも、宇宙服の外に響くモードへ切り替えて、バイザーを下ろしたまま警告。


『動かないで! 次は、あなたを撃ちます!』


「俺は、調査をしていただけだ」


『女子のパンツを握ったまま!? いい加減にしてよ!』


 肩付けをしたまま、ライフルを構え直す。

 その銃口は小さいが、威力はさっき見せた通り。


 ため息を吐いた男子は、やはり下着まで残っている場所で、パンツを手放した。


 ひらひらと舞い落ちる下着に構わず、正面から見据える。


「この消失は、俺のせいではない。室矢むろや重遠しげとお……。カペラの知り合いだ」


 ジュリエットは記憶をたどって、彼女が騒いでいたことを思い出す。


『ああ……。でも、どうして、ここに!?』


「ESP(超能力)の一種だ! 座標が分かっていれば、ワープぐらいできる」


 その間に連絡を取っていたジュリエットは、カペラの気が抜ける返事で、銃口を下ろした。

 片手をヘルメットに当てて、バイザーを収納。


 見ていた重遠は、何か言いかけて、考え直した様子。


「……結論から言うと、他の女子たちはだ」

「怒っていいかな?」


 ジュリエットは、銃口を上げる気配。


 重遠は、すぐに説明する。


「分解された上で再構成された、という話だ。芋虫が蝶に変わるプロセスを知っているか? サナギの中でコア部分を除き、ドロドロになる」


「それを信用しろと? だいたい、原因は何?」


「虫がいったんスープになる場合は、核になる部分だけ残る。その原基がイモムシの体に満ちていて、スイッチが入ったら大半の細胞を溶かす。お前たちにその機能がない場合は、外部から入ったと考えるべきだ。下着まで残ったのは、抜け殻だから」


 正論で、ジュリエットは考え込む。


「だとしたら……。彼女たちが拾い食いをしていない限り、このエリアに!?」


 反射的に手を口に当てたジュリエットは、すみにある換気口を見上げた。


「空気感染……。こんな短時間で? よっぽど増殖スピードが速いウイルス……。違う、それじゃ足りない! バクテリアだ。わずかな水分に含まれていたのか、それとも、触手みたいに捕食したのか。たぶん、私も手遅れ」


「委員長! 私たち――」


 女子の声に、ジュリエットは振り向きつつ、銃口を上げた。


 バシュッ! と独特のレーザー音で、その女子は撃ち抜かれる。


 その部分から弾けるように、女子の体がピンク色のスライム状に分裂。

 頭を残したまま、外へ逃げようとする。


 別の女子たちは、口々にジュリエットを責めた。


 構わずに、ジュリエットは重遠を見る。


「……ごめんね?」


 片腕につけている端末で、素早く入力。


 ビ―ッ! ビ―ッ!


 警報が鳴り響き、振動も。


 とたんに、女子たちが騒ぎ出す。


「やめて!」

「怖がることないよ!?」


 攻撃する女子もいるが、ジュリエットは見た目に反して、強い。


 けれど、苦しそうに片膝をつく。


 彼女も、大きな影響を受けているようだ……。


 その一方で振動はどんどん強くなり、スラスターによる加速だと分かる。



 分離されたブロックは、エルピス号から十分に離れた後で、爆破された。


 宇宙に新たな光が満ちて、黒に塗り潰される。



 ――ミーティア女学園


「ふ~ん? 汚染されたブロックごと、破棄したんだ?」


「う、うん……。本当に、ごめんね? 室矢くんを殺しちゃって……。私たちはバックアップがあるけど」


 申し訳なさそうに、ジュリエットが謝った。


 重遠がバクテリアを持ち込んだか、知らずにキャリアとなっていた可能性も。

 しかし、好意を寄せている男子を殺したのだ。


 チラリを見れば、カペラは笑顔のまま。


 それほど、気にしていない? と思うジュリエットは、しばらく待つ。


 カペラは、違う方向を見ながら、指摘する。


「後ろ」


 釣られて、振り返れば――


「ひうっ!?」


 そこには、前の自分が道連れにした男子、室矢重遠がいた。


 ここが超空間でなければ、乙女の尊厳は崩壊していたに違いない。

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