第844話 原作の主人公はまだ諦めないのか……【カレナside】
「フッ! フッ! ……シュ!」
流れるような連撃。
動きを止めたまま、体を伝う汗を感じる。
「ふう……。これなら、明日の対戦もバッチリだな!」
今度の戦いは、ボクシングだ。
「鍛治川流で勝つことは、まだ難しい……。だが、
ほう、経験が活きたな?
密かに見ていた
原作の主人公にしては、考えたほうだ。
いや、待て……。
こいつに女子の応援が1人もいないのは、不公平だな?
「女子を
あやつは、数人どころか、女子200人切りを達成したがな?
心の中で突っ込んだカレナは、こいつが知ったら頭が爆発しそうだと思う。
――翌日
貸し切ったリングで、向き合う男子2人。
どちらもボクシンググローブをつけたまま、動きやすい格好。
足元は、専用のシューズだ。
室矢
そちらには、室矢家の女たちがズラリ。
いっぽう、鍛治川航基のサイドにも、
「が、頑張れ、航基くん!」
「あ、ああ……」
戸惑い気味の航基は、生返事。
やがて、カーンッ! とゴングが鳴った。
キュキュキュッ
お互いにステップを刻み、その擦れる音がBGMに……。
航基は自分から前に出て、プレッシャーをかけた。
左ジャブを連打することで、相手を抑える。
けれど、判定で勝っても、意味がない。
重遠に、自分より強いと認めさせなくては……。
相手を中心に円を描き、狙いを絞らせない航基。
そのサイドステップは、素人の即席にしてはお見事だ。
重遠は、感心したのか、へえ? と声を漏らす。
ポテチを齧ったカレナは、リング下の椅子で、どこまで持つか? と思う。
航基は左ジャブを続けて、右ストレート――
鈍い音が響き、ドタンッ! と航基は倒れた。
「右のカウンターだが……立つか」
頭に入っていれば、意識が飛んでいた。
けれど、今回は違う。
試合ではないため、10カウントなし。
立ち上がった航基は、フラフラしながら、両手を上げた。
「ま、まだまだ!」
カーンッ!
小休止。
拍子抜けした航基だが、リングサイドへ。
わたわたと近寄ってきた衿香に話しかけられる。
「は、はいっ!」
「ありがとう……」
ボトルを差し出された航基は、口に含んだ後で吐き出した。
飲んでしまうと、腹を打たれた時にヤバいから。
カーンッ!
航基は、高速でステップを刻む。
それを見たカレナは、次のポテチを開けながら、呟く。
「引っ掻き回す気か……」
けれど、死角に入っていたはずの航基は、あっさりと捕まる。
重遠はその場でクルリと向きを変え、ほぼ同時に左右のどちらかを叩きこむ。
「三発……。逆に
これは耐えたものの、動きが止まったところで、お手本のようなワンツーからの左フック。
ダウン!
その後も――
動きは悪くない、と言いながらのボディで、後ろに吹っ飛んだ。
伸びた腕を上から擦りつつのカウンターで、リングに沈む。
ケーキを食べているカレナは、紅茶でさっぱりしつつ、突っ込む。
「私の権能で未来予知だから、そもそも、スポーツでやったら勝ち目ゼロじゃ……」
頭に当てていないのが、律儀。
しかも、ダメージが集中しすぎないよう、丁寧に分散させている。
倒れそうな時には、追撃せず。
だんだんと、最適なポイントへ打ち込むよう、誘導し始めた。
もはや、ジムの先輩とのスパーリングだ。
必死に応援する衿香を見たカレナは、
「詩央里? 衿香にヤラせてもいいか? どうせ、私たちは
航基を管理するため、でもある。
ため息を吐いた詩央里は、
「ええ……。1周目でも、そのプランがありましたし……。覚え立てなら、卒業するまではそっちに夢中でしょうね?」
過保護だったな、と反省している詩央里は、決断した。
「今回は、衿香の死亡フラグも叩き潰すし……。あとは、本人同士の問題です」
「なら、私が鍛治川への支援を行うわ! せいぜい、幸せな高校生活を送ってもらわないと……。お兄様たちが帰国したら、改めて処遇を考えましょう?」
そういう事になった。
首肯したカレナは、リング上の重遠を見る。
もう、倒していいぞ?
仕草で応じた重遠は、前へ出た。
バンッ! と重い音を立てて、航基の頭が跳ねる。
力なく倒れ、そのまま起き上がらず……。
◇ ◇ ◇
帰宅したカレナは、事もなげに告げる。
「あやつら2人の性欲をブーストしておいた。明日には、経験済みだろう……」
ものすごく、雑!
顔に縦線が入った詩央里は、ツッコミを入れる。
「え? それはちょっと――」
「航基は女とヤラなければ落ち着かんし、1周目では衿香も大概だったぞ?」
振り返った詩央里は、否定しきれない。
「うーん……。まあ、そう言われれば……」
「音が筒抜けの安アパートは何だから、夕花梨に言って、まともな物件に移らせた。初体験として悪くないはずだし、あやつらが付き合うも別れるも、2人の問題じゃ! 私たちは、残った四大流派への対応と、留学の準備をしよう」
「そうですね……」
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