第841話 警察に対しては異能者サイドとして交渉ー①

「今の俺は、いくらでも頭を下げられます。しかし、立場ができれば、そうもいきません」


 背後の壁で、左右にドア。

 そちらを背にしたまま、直立不動のスーツ男たち。

 拳銃をホルスターに収めていることは、雰囲気で分かる。


 下座の椅子で座ったまま、ひそかに嘆息。


 俺は室矢むろや家の当主だから、詭弁きべんだ。

 けれど、この場で認めれば、どちらも血を見るだけ……。


 ここは、警察庁にある、窓がない会議室。

 いかにも上の幹部が使いそうで、盗聴や覗き見ができない場所。


 俺たちをビビらせるために、役職と名前が書かれた白いネームプレートが細長い円卓に置かれている。

 上にいるお歴々だと、嫌でも分かる階級とポジションだ。


 卓上のマイクに触れた男――警備課長らしい――が、こちらを見た。


『この場では、あくまで高校生ということだな? 君の主張は分かった! 事前にレジュメをもらったわけだし。そこに疑問はない。ただねえ……。いくら千陣せんじん流の上にいる当主とはいえ、桜技おうぎ流の方針に口出しするのは越権行為ではないかね?』


「ご指摘の通り、桜技流の話ではあります……。ですから、天沢あまさわさんに答えてもらいたく存じますが?」


 警備課長が上座を見れば、長官はマイクを触った。


『天沢警視正に、発言を許可する』


 警察の制服を着た天沢咲莉菜さりなは、口を開いた。


「はい……。わたくしの結論は、『桜技流の警察からの離脱』です。警察官のていで参りましたのは、そちらに喧嘩を売る気はなく、事前に話をするためとご理解くださいますようお願いいたします。……桜技流から、数年だけ同じ予算を渡すことも検討する予定です」


 課長は対応できないため、長官が続けて問う。


『君の私見と総意のどちらだね?』


「私見です。ただ、当流は警察官のままで退魔を行うのが難しく、もはや限界であることも事実……。ご一考いただければ幸いです」


 警察サイドの話し合いを防ぐため、口を挟む。


「お話し中に失礼いたします! 良いでしょうか? ……桜技流では、幹部だった武羅小路むらこうじ家が全焼したうえ、天衣津てんいつ家の当主までも死亡。この場をお借りして申し上げますが、内部で大規模な横領があったようで、そちらの始末で警察官の役割まで手が回らないかと」


 本来ならば、他流の恥部を言うのは、御法度だ。


 全員が俺と、次に咲莉菜を見つめる。


 それを受けて、咲莉菜が説明。


重遠しげとおの言う通りです……。影響が大きく、即応できるとは言いづらい状態。また、現状でマスコミに嗅ぎ付けられれば、『警察の1管区で横領があった』と報道されかねません。世界的なネットがある以上、その封殺は難しいでしょう」


『現時点で、表には出ていない。筆頭巫女たる君が内部統制をすれば、それで済むのではないかね?』


 相手が長官だけに、咲莉菜は慎重だ。


「お言葉ですが、今のわたくしは刀剣類保管局のトップである警察局長として、発言しております。いくら警察庁長官のあなた様でも、『筆頭巫女への命令』と解釈できる発言はお控えくださいますよう……。残念ながら、筆頭巫女と言えども、全国の末端まで行動を縛ることは難しいです」


『そうか……。ところで、室矢くんは、ずいぶん天沢くんと親しいのだね? 君には同じ千陣流で婚約者がいるだろう?』


「はい。その通りですが、今回の不正摘発で色々とありまして……」


 普通に答えたことで、長官はそれ以上の追及をやめた。


 切り崩しをされたから、言い返す。


「咲莉菜も述べましたが……。不正の始末は桜技流の話で、あなた方も責任を問われるのはおかしいと思います。桜技流はそもそも、意に添わぬ服従を強いられた歴史があると聞きました。仮に、不正のスキャンダルが知られた場合、このままではそちらにも飛び火する恐れがあります。当時の筆頭巫女が責任を取り、警察の上層部にいた誰かの愛人にされかけての自害とは、あまり支持されない話かと……。いえ、その時にはめかけ、愛人が普通に認められた社会でしたが」


 上座で腕を組んだ長官は、憮然ぶぜんとしたままで、言い返す。


『確かに、世間が知って「素晴らしい!」とは言わんだろう……。が、その愛人うんぬんは、君も他人事ではあるまい? 街を堂々と歩けなくなるのは、困るだろう?』


 含みのある言い方。

 俺が乱交をしていた映像でも、手に入れたか?


 だけど、2周目の俺たちは遠慮しない。

 再確認すれば、もう消えた後だ。


 こっちは、カレナがいる。


「ご指摘ありがとうございます! ですが、その覚えはございません。婚約者との話は家庭の問題なので……」


 長官は踏み込まず、話題を打ち切る。


『分かった……。警備部長、あとは頼む』

『ハッ! 北垣きたがき錬大路れんおおじの2名が、水沢田みずさわだ駅の繁華街で大暴れした。その件について、責任者である天沢くんに説明を願いたい』


「多くの演舞巫女えんぶみこを殺傷したことで、当流のメンツも潰した相手です。今は海外逃亡をしているようですが、見つけ次第、そちらに首をお届けします」

『誰も、そこまでは言っておらん!』


 責任を回避するため、警備部長はすぐに否定した。


 悪いけど、今回はそちらの詰みまでの手順があるから……。

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