第839話 RTAの計測は「そんな馬鹿な――」のセリフまで(後編)

 立ち上がった男が、よく響く声で恫喝どうかつする。


「落ち着け、皆の者! ここには、私と天衣津てんいつ家のご当主がいる!! 桜技おうぎ流のトップである筆頭巫女と、千陣せんじん流の室矢むろやさまも!」


 武羅小路むらこうじ家の当主の叫びで、広間で酒宴をしていた面々は落ち着いた。


「そ、そうだ!」

「筆頭巫女の咲莉菜さりなさまに盾突くとは、愚かな……」


 天衣津家の当主が、上座を見た。


「ほ、ほな! 室矢さんか、隣の咲莉菜さんの口から、言うてくれへんか? いくら独立自治区みたいな扱いでも、警察のキャリアが出てきたら説明しにくいわ! 前に、高天原たかあまはら咲耶さくやはんが大嫌いと言ったようやけど。今だけは調子を合わせてや!」


 相変わらず、しなだれかかっている天沢あまさわ咲莉菜をそっと退けて、立ち上がった男子。


 全員の注目を浴びた室矢重遠しげとおは、低い声で確認する。


「この騒動を起こした黒幕を説得するか、始末しろと?」


「ま、まあ、そういうことやな……」


 はっきりと答えられず、口ごもった天衣津家の当主。


 いっぽう、肝が据わっている武羅小路家の当主が、重遠の顔を見ながら言う。


「そうですね……。我々に逆らった女子は、そちらにお渡しします。壊しても殺しても構いませんので、どうぞお好きに。私共わたくしどもの借りという事で、後日に話し合いましょう」


 下座にいる連中も騒ぎ出す。


「徹底的に、掃除しておこう!」

「我らに逆らうことは、桜技流と咲耶さまに弓引くと知れ!」

謀反むほんたくらんだ下手人を八つ裂きにしてくれる!」


 立ったままの重遠は、面白そうに見回した。


 次に、いつも通りの声で教える。


「この騒動の黒幕だか下手人は、俺だ」


 和風の豪華絢爛な広間にて、沈黙が支配した。


 次の瞬間、いつの間にか握っていた銀のダガーを振り、飛んできた吹き矢を弾き飛ばす。


 力なく舞う矢を見れば、ぬらりとした輝き。

 毒だ。


 自身が立っている畳を切り裂くように、片手で持つダガーを振った。


 下に待機していた忍者が、不意打ちできないまま、絶命。


 その様子を見て、宴の参加者たちが一斉に立ち上がり、悲鳴を上げつつも、縁側から通じる中庭や、他の部屋へ走り出す。


 両手にそれぞれリジェクト・ブレードを握る重遠は、腰を抜かしたままの天衣津家の当主と、うすうす理解していたらしき武羅小路家の当主を見た。


 武羅小路家の当主は立ち上がりつつ、首を横に振る。


「残念だよ……。やはり、お前は千陣流。何をもっても縛れぬ狂犬だったか! しかし――」


 完全装備の黒づくめが、その刃を光らせつつ、上座を囲んだ。


 防具としての手甲や鎖帷子くさりかたびらをまといつつ、目だけ見えている。


「対策済みだ! ここは我々の拠点だぞ? ……最後に聞いておこう。お前が咲莉菜さまに『高天原や咲耶さまが大嫌い』と言ったことは聞いた。であれば、何のために当流の不正へ首を突っ込んだ!? よもや、正義感とは言うまい?」


 重遠は二振りの銀のダガーを持ったまま、困ったような笑顔に。


 首をかしげたまま、教え諭すように告げる。


「ダメじゃないか……。御神刀になった千陣せんじん(重遠)がゆっくりできない状態にしたら! 高天原はどうだっていいが、あいつが幸せに過ごせないのは我慢ならん」


 武羅小路家の当主は、口を開けたまま。


 相手が言っていることを理解できない。


「お前は……。もういい! 殺せ! 当流で大勢の演舞巫女えんぶみこを穢したうえに、『筆頭巫女の咲莉菜さまを殺した大罪人』だ!!」


 そういうシナリオ。


 ところが、言い終わるまでに、両手のダガーを持ったままで回転する演舞のような重遠の動きで、全ての黒づくめが血しぶきを上げながら畳の上に沈んだ。


 武羅小路家の当主は、届かないダガーを振っただけで!? と驚愕した。


 対する重遠は二振りのダガーを下げたまま、ゆっくりと前へ。


「今の俺は、剣士じゃない。だから、最短の方法で敵を殺すだけ……。少なくとも、お前らと礼儀を尽くした決闘をする気はないぞ?」


 前に歩きつつ、死角へ片手を振り抜き、隠れていた敵を仕留める。

 もはや、死の宣告をしているレベルだ。


 その時に、重遠は歩みを止めた。


「お? おお!?」


 初めて、動揺した声を出す。


 その視線の先には――


 こっそりと回り込んだ黒づくめの1人が、天沢咲莉菜を立ち上がらせつつ、首筋にブレードを突きつけていた。


「武器を捨てろ!」


 ほぼ同時に、両手のリジェクト・ブレードを投げ捨てた。


 見ただけで高級と分かる畳に、ザクッと刺さる二振り。


 焦った重遠は、震える声で止める。


「やめろ! 今すぐに、彼女を離せ!!」


 武羅小路家の当主が、確定事項を告げる。


「咲莉菜さまには、死んでいただきます。代わりなど、いくらでも――」

「そなた、誰に話しているのでー?」


 咲莉菜の声だ。


 しかし、今までの調教済みとは、まるで別人……。



 空気が、乾いている。


 急激な乾燥に耐えかね、広間の木材が悲鳴を上げた。


 咲莉菜が覇力はりょくを放出していると言うには、あまりに強大だ。



 武羅小路家の当主は、咲莉菜を見たまま、声を漏らす。


「そんな馬鹿な――」


 この時点でRTA(リアル・タイムアタック)の計測を終了。


 1周目と比べて、文句なしのレコード更新!

 お疲れ様でした!!

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