第838話 RTAの計測は「そんな馬鹿な――」のセリフまで(前編)

「さすが、四大流派の1つで、御宗家ごそうけの次にいるご当主です!」

「そうですな! 悩んでいた日々が、ほんま馬鹿らしくなりますわ!」


 上機嫌な男たち。

 どちらも酒が入っており、色鮮やかなぜんはしが進んでいる。


 広い和室で、いわゆる謁見の間。

 殿様が上座にどっしりと座りそうな構図だが、立派な和服をまとった男たちは、その次にいる。


 なぜなら――


桜技おうぎ流を動かしている武羅小路むらこうじ家と天衣津てんいつ家のご当主にお褒めいただくとは、恐縮です」


 上座にいるのは、室矢むろや重遠しげとおだ。

 彼が上にされたのは、別の理由。


 横に座り、しなだれかかっている女子がいるから……。


 そちらに注目した男どもは、再び口を開く。


「こうして見ると、筆頭巫女も女子高生ですな?」

「まあ、気を張っていたんや……。年相応になれば、可愛いもんだ」


 筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなは、重遠をねだり、あろうことか局長警護係なしで彼の妻と交渉。

 閉じ込められたうえ、重遠に調教されたのだ。

 身も心も屈した咲莉菜は、自分の立場を忘れたまま、彼に寄り添うだけ。


 心配になった武羅小路家の当主が、尋ねる。


「ところで、室矢さま? 咲莉菜さまは直談判をしたそうですが……。そちらの細君はどうですか? 千陣せんじん流が動いて、こちらとぶつかるのは困ります」


「心配いりません。彼女も、御流おんりゅうとの抗争は望まないでしょう」


 重遠の返事に、天衣津家の当主が混ぜ返す。


「室矢さんのテクなら、説得するのも楽やろうな? ハハハ!」


 武羅小路家の当主は目配せするも、無意味。

 言葉にできず、諦めた。


 酒を飲み、辺りを見回す。


 後ろを見れば、両家の関係者がそれぞれに並び、お膳をつつく。

 勝手に談笑しており、一部はこちら……というか、筆頭巫女を見ているようだ。


 膝を屈したから、ついでに味見したい、もしくは、何らかの役職につきたいか?


 まだ高等部1年で、乱交を撮影したとはいえ、あの千陣流の高家だ。

 筆頭巫女も、ほだされたに過ぎぬ。


 桜技流の代表たる彼女をおとしめすぎても、自分たちの首を絞める……。


 物思いにふけっていた武羅小路家の当主は、重遠の視線に気づいた。


「何か?」


「終わりにする気はありませんか?」


 意味を理解できず、しばし考える。


「ご冗談を……。当流の女子に手を出したのは遊びでも、筆頭巫女となれば、話は別です。我らの忍者は、いついかなる時でも狙いますゆえ……。この際に申し上げておきますが、室矢さまが女子と絡んでいる様子は録画済みです。裏切るのであれば、刺し違える覚悟はございます。むろん、共に歩むのであれば、そちらの筆頭巫女との関係を最大限に支援いたしますし、他にも融通する所存です」


「まあ、一度悪いことをやったら、足を洗えんちゅうことや! 室矢さんもまだ若いし、正義に動かされるだろうけど、四大流派の2つが手を結んでいることは大きいで!」


 天衣津家の当主は、酔っている。


 頭の中では、桜技流の中での権力争いや、千陣流から美味しい話を引っ張れないか、という算段があるだろう。

 もしくは、他の四大流派への席巻か。


 ここまで、筆頭巫女の咲莉菜は発言せず。


 重遠に寄りかかったまま、温泉に入っているような表情だ。

 その首には、金属ではない首輪。

 ひらがなで “さりな” と書かれている。


 上座の重遠は、口を開いた。


 しみじみとつぶやく。


「この従順な咲莉菜は、もう消えるんだ。いくら呼んでも帰ってこない。今までの時間は終わり、俺も自分の人生と向き合う時だ」


 落ち着いた声は、妙に響いた。


 オープニングが本編と呼ばれた、カルト的なアニメを評価したような台詞。

 達観した老人のような発言に、武羅小路家の当主ですら、戸惑う。


 少なくとも今は、この男子が自棄になっては困る。


 そこへ、縁側の通路から、ドタドタと走ってきた男が1人。


 広間の注目を集めながら、急いで正座。

 両手をついたまま、叫ぶ。


「ご、ご報告申し上げます! 当流の各校にて……謀反むほんでございます!!」


「何だと!」


 今、時代はいつ?


 そう突っ込みたくなる会話だが、当人たちは大真面目だ。



 ◇ ◇ ◇



 制服の女子たちが、どんどん制圧。


 止める教職員や武装した人間も、押し切られている模様。


「室矢くん、また相手をしてくれるって!」

「頑張ろう!」


 動機がひどいけど、大事なのは結果。


 今回のアジェンダは十分にアジャストした上で、重遠のアテンドというインセンティブを基に、多数のオピニオンによるコンセンサスだ。


 桜技流の不正は、重遠のRTA(リアル・タイムアタック)の餌食となった。


 素人にスパイの真似事をやらせるより、一斉蜂起のほうがいい。

 小さな失敗で破綻せず。


 偽物の証拠がとれない?

 逆に考えれば、いいんだよ。


 全部押さえれば、いいさって……。



 なお、事態が解決した後の女子の相手は、考えないものとする。


 1周目の各校の代表だけと比べて、部隊編成ができる人数だが……。


 とりあえず、陸上防衛軍の隊内訓練に放り込む?

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