第836話 凪と澪の楽しい海外旅行ー②

『ハイド家の無理心中から、すでに1ヶ月――』


 つけっぱなしの車載TVが、BGM代わりに喋っている。


 まだ午前中。


 地平線の彼方まで同じ景色。

 車道にある看板だけが、次の目的地へ近づいていることを告げていた。


 運転している北垣きたがきなぎが、横を見ながら話す。


「次のガソリンスタンド、何味のピザにする? ペパロニ、サラミ、チョリソー、ブレックファースト、チキン、スパイシー♪」


 広大な土地があるUSFAユーエスエフエーで、水や食料を手に入れられる拠点だ。

 荒野のど真ん中でも、車道の傍で見つけられる。


 助手席にいる錬大路れんおおじみおが、うんざりした表情に。

 食べ飽きたようだ。


「メーカー製の冷凍ピザが間違いないのは、否定しないけど」

「ホットドッグもあるよ?」


 ピザ、ハンバーガー、ホットドッグの無限ループだ。

 だいたい、チーズ多めなど、カスタマイズ可能。


 首を横に振った澪は、話題を変える。


「それにしても、セルフサービスの飲み物の値段がどのサイズも同じとは……」

「従業員が区別できないから、だと思うよ? 間違えるよりマシ」


 澪は、ため息を吐いた。


「ありそうで困るわ……」

「どこも見張られている日本とは、訳が違うから! 下手すれば、ムショで初等教育レベルを教えてもらうとか」



 地図を見ていた澪は、ガクンという揺れで、隣を向く。


「どうしたの?」

「……反応がおかしい。少し、停まるね?」


 ガタガタと、停車。


 他の車は見かけず、ジリジリと照り付ける日差しだけ。


 外へ出れば、乾燥した空気がまとわりつく。



 澪は、相棒の凪を見た。


「パンク……。替えのタイヤ、なかったわよね? ロードサービスを呼ぶ?」


 ぐるりと歩いて回った凪は、息を吐いた。


「難しいね……。スマホのアプリで現在位置を知られるのも……」

「かといって、歩いて次の街は、無理よ?」


 改めて周囲を見れば、遠くまで岩場が散在する荒野と――


「郵便受け……。誰かの家があるようだね? 遠いけど、行ってみる?」


 ため息を吐いた澪は、しぶしぶ同意する。


 このまま日が暮れれば、隠れている犯罪者や、通りがかりの悪人、地元のワルに襲われかねない。


「敷地に入った途端に撃たれなければ、いいけど……」


「ちょっと待って!」


 凪は、車道の傍にある看板をしげしげと見つめた。


 が気になるようで、顔を擦り付けるほど近づけては、表裏を見比べる。


 釣られた澪が見ても、コーティングが剥げかけた、傷の目立つ看板としか……。


 凪は、郵便受けから住宅があるほうを見た。

 車道の左右も。


「……じゃ、行ってみようか?」


 言いながら、シャキンッと金属音を響かせた。


 それを見た澪は、眉をひそめる。



 ――15分後


 車道を兼ねている歩道を進めば、芝生の緑に囲まれた一軒家。


 二階建て。

 外壁は白く、窓が多い構造だ。


 凪はまっすぐ玄関ドアを目指さず、家の前に停まっている車両を見た。


 澪も見れば、ファミリーが宿泊できそうなキャンピングカー。

 長方形の箱のようで、かなり大きい。


「日本だったら、とても運転できないサイズね……。レンタルかしら?」


 感想を述べたが、凪は周りを歩きながら、悩んでいるようだ。


「中に入らないでよ?」

「うん……」


 生返事の凪は、ようやく離れた。



 玄関ドアのチャイムを鳴らせば、予想に反して、すぐに住人が出た。

 中年の女性。


「どなた? 道に迷ったの? ごめんなさい。今、ちょっと取り込み中で――」

「入ってもらいなさい」


 奥から、よく響く男の声。

 落ち着いていて、怒った様子ではない。


 ビクッとした女は、態度を変えた。


「そ、そうね! せっかくだから、入ってちょうだい」


 中に招かれた2人は、カントリー系の内装を見ながら、食堂へ。


 長テーブルを囲み、ここの住人が集まっている。

 食事をしながら談笑中のようで、上座にいる男が家長のようだ。


 集まっている一同が、口々に言う。


「ロードサービスが来るまで時間がかかるし、今日は泊まっていきなさい」

「このまま家族になるか? ちょうど、娘が欲しかったところだ。ハハッ!」

「立ち話というのも、悪い。空いている席に――」


 口にできない違和感を覚えた澪は、隣に立つ凪を見た。


 凪は、食卓についている面々を見ながら、問いかける。


「子供は? 少なくとも、2人いると思うけど……」


 そう言えば、壁に子供の描いた絵が飾ってあったわね?


 澪が思い出していたら、食堂の雰囲気が変わった。


「子供たちは……昼寝だ」

「味付けが濃いし、酒が出るからね」

「君たちは何歳だ? 子供にしか見えないが」


 上座の男が、ゆっくりと話す。


「子供は子供らしく過ごすべきだ……。男のような恰好をさせるとは、親としてあるまじき虐待! 私たちが保護するから――」

「ところで」


 凪の割り込みで、上座の男が黙った。


「何かね、お嬢さん?」


「不自然なんだよね、あまりに不自然!」


 おかしくてたまらないと、低く笑い出した凪は、アウターの下から拳銃を抜いた。

 銃身がホルスターと擦れて、ザシュッと鳴る。


 両手で左斜めに構えつつ、上座の男へ銃口を向けた。

 横にズレつつも、ゆっくり半円を描いていく。


「凪!?」


 驚いた澪の声が、食堂に響いた。

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