第834話 命の保証はできないわ【澪side】

 頭の上に、狐耳2つ。


 ぴょこぴょこと動き、ガサッと、童顔の美少女が顔を出した。


「可愛いよ、みおちゃん。可愛いよ!」


 さらに、同じ顔が続く。


『可愛い!』

『その可愛い顔が歪むのが、たまらない!』

『ずっと見ていたい!』


 物騒なことを言い続ける、同じ顔と同じ声。


 北垣きたがきなぎは、1人見たら10人いると思え!



 本体の凪は、分身よりも豪華な巫女装束を着て、左腰に刀を差している。

 後ろで5本の尻尾を揺らしつつ、低い声で宣言。


「この程度も乗り越えられないようでは、2周目の室矢むろや家にふさわしいとは言えぬ!」


『言えぬ!』

『イレーヌ!』

『私が5人分になる!』

『頑張って!』


 ザッ

『第3分隊! そちらの――』


 片足で踏みつけた、本体の凪。


 巫女の草履ぞうりのような履物は、軍の通信機を砕いた。


 周辺には、気絶した戦闘服の兵士たちが転がっている。

 魔法技術特務隊だ。


 笑顔の凪は、独白する。


「無事に乗り切ったら、2人でだね? 澪ちゃん……」


『わーい!』

『大陸と、太平洋を横断してUS大陸のどちらにする?』

『ビザいる?』

『あ、ピザ食べたい!』


 もう、ツッコミどころしかない……。



 ◇ ◇ ◇



 山中で追われる、錬大路れんおおじ澪。

 対するは、完全装備で上空からの支援もある魔法技術特務隊こと、魔特隊だ。


 数の差は言うまでもなく、疲労困憊の澪はお手製の刀モドキがあるだけ。


「はあっ……。はあっ……」


 覇力はりょくの身体強化も限界に近く、たった今、刀モドキも折れた。


 それでも、銃弾のような勢いで突き出された銃剣をよけ、カウンターで相手の喉を掌底で叩く。


 1対1ならば、澪は後れを取らない。

 けれど、相手は部隊だ。



 もう武器がない……。


 このままでは……。


 ハンガーノックになりかけた澪は、アサルトライフル型のバレを構えたまま、ジリジリと包囲する兵士たちを見る。


 相手に抵抗するだけの気力がないと見て、生け捕りへ。


 連中は魔力で身体強化を行い、バチバチと電気のような現象を起こしているグローブを握りしめて、打撃戦へ。

 注意深く見れば、その半長靴はんちょうかにも、同じような効果が付与されていた。


 訓練された動きだったが、フラッと倒れた澪にかわされる。


 けれど、その目はこれまでと変わっており、その流れのままに両手を動かす。


「下がれ!」


 包囲している誰かが叫べば、全員が一瞬でバックステップ。


 距離を空けつつ、スリングで吊っていた小銃やハンドガンを構える。



 動きやすい和装に変わった澪は、今の動きで抜刀していた。


 見事な日本刀で、それまでの急造とは違う。



「もはや、逃げられんぞ! 武器を捨てろ! 二度は言わん!」


 分隊長が警告すれば、澪は片手で切っ先を下へ向け、スッと離した。


 重力に従い、落下する日本刀。


 ところが、地面に突き刺さるか、切っ先から転がるはずだったソレは、水面に落ちるかのように姿を消していく。


 その現象に驚愕する兵士もいたが、投降したことで分隊長が命じる。


「拘束しろ! なっ!?」


 銃口を向けたままで動こうとすれば、地面から両足が離れず。


「撃て!」


 澪の攻撃と見なし、命じつつも発砲。

 けれど、実弾と変わらぬ空気弾が殺到した時に、彼女の姿はなし。


 すぐにポジションを変えつつ、攻撃しようとするも――


 彼らは一瞬で凍りつき、時期外れの氷像となった。



「私も、前より上手くなったから……。そのまま死ぬことはないわ。たぶんね?」


 片手に出現させた刀身は、真っ白。

 御神刀の氷月花ひょうげつかを解放したのだ。


 周囲にダイヤモンドダストが舞い散る、幻想的な光景。


 四方から銃弾が殺到するも、彼女に触れることは叶わず。

 ブレるように消えては、1人ずつ接近する。


「くっ!」


 両手で構えた小銃で受けるも――


 斬りつけた白い刀身から、あっという間に氷像と化す。


 空中と地面を選ばずに移動する澪に、他の兵士は対応できない。



 下に滑り込みつつ、ショットガンのように散弾となった空気弾を避けた澪は、立ち上がりざまの切り上げで、また1人を氷像に。


 その時に、激しい炎の円柱が空へ伸びていく。


 どうやら、規定違反をしてでも殺す気だ。


 その火炎柱を見ながら、澪がつぶやく。


破蕾はらい……」


 片手に氷月花を下げたままの澪は、次の瞬間に10以上の光で貫かれた。

 レーザーが得意な兵士がいたようだ。


 けれど、その澪はひびが入り、粉々に割れた。


 自身の氷像によるダミーだ。


「いつの間に!?」


 必殺の攻撃を躱されたことで、レーザーを放った兵士が叫んだ。


 別の場所にいる澪は、大袖の白い和装になりつつ、続きを言う。


千紫万紅せんしばんこう!」


 襲いかかる業火が、彼女の白い世界で塗り潰されていく。


 周辺の地形ごと、氷花が咲き誇った。

 それは同心円状に広がっており、小さな都市を覆うほどの規模。


 完全解放した氷月花は、照らされる日光でキラキラと光る花畑を作り出した。


 元の和装になった澪が、ゆっくりと納刀しつつ、あらぬ方向を見る。


「……凪ね?」


 スナイパーは、凪が片付けたようだ。



 もはや地形と一体化した敵を見つつ、嘆息する。


「まあ、手加減できる相手ではなかったけど……」


 ここまで喧嘩を売れば、警察や防衛軍とかいう問題ではなく、彼らの大元である真牙しんが流が黙っていない。


「しばらく、ほとぼりを冷まさないと……」


 2周目になった澪の苦労は尽きない。

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