第833話 原作ヒロインの澪は優等生ー③

 で、ずぶ濡れの錬大路れんおおじみおが這い上がった。


 増水したら川の底となる場所で、濡れた足跡を残しつつ、体に張りついたセーラー服のままで歩く澪。


 源流である山の間に近く、渓谷のような地形。


 人の気配はなく、周りは木々と岩肌に囲まれている。


「さすがに……辛いわね?」


 ここまでに、いくつかの滝を登ってきた。


 いくら異能者であろうと、かなりの強行軍だ。

 リラックスしたら、すぐに気絶するほど。


 だが、逃走した容疑者が川に飛び込んだとすれば、捜査は下流を中心に行われるはず。


 謎の女子が指示を出していたスマホは、川で失った。


「衣服と体を乾かさないと……」


 このままでは体力を奪われていき、低体温症だ。

 何も考えられないまま、死に至る。


 バシャバシャッと、澪は地面に移動した。


 覇力はりょくの身体強化にも、限度がある。

 使いどころには注意――


「ザック? こんな場所に……」


 登山道具ならではの、目立つカラーリング。


 転がっている大型ザックに近寄れば、食料こそないものの、火を起こす道具などが入っていた。

 しばらく放置されたようで、中のタオルはぐっしょりと濡れていて、ひどい臭いだ。


「ここに迷い込んだ遭難者のもの? 悪いけど、使わせてもらうわ」


 金属の棒と繋がったストライカーを手に取り、乾いた地面の上に、集めた小枝や軽くて燃えやすいものを敷く。

 垂直に置いたロッドにストライカーをこすり、その火花を予め削った粉に伝えた。


 ふーふーと息を吹きながら、火種を少しずつ足していけば、火が大きくなる。


 下着まで脱いだ澪は、両手で絞った後に乾かす。


「魚……獲れるかしら?」


 上下のインナーを身につけた澪は、渓流に戻り、石同士をぶつけて、簡易的に尖った小さな槍を作り出した。


 試しに草を滑らせれば、スパッと切れる。



 バシャッ!


 覇力に任せての、強引な投げ込み。


 いくつかの川魚を仕留め、回収。

 すぐに腹を裂き、内臓を取り出す。


 木の棒に刺して、焚火に当てた。



 今度は、見つけた廃材で、鍛冶の真似事。


 握りやすいサイズの鉄を熱して、そこに別の廃材を叩きつけ、刃物にしていく。


 カーン カーン!


 渓流で冷やし、それを繰り返す。


 カンカンカン


 刃の部分を圧し潰すように仕上げ、最後の冷やし。


 ジューッ!


 つかの部分にボロ布を巻きつければ、完成だ。


 試しに振り回せば、風切り音。


「最低限の武器はできたわ……」



 ザックの中身をぶちまけて、残っていた塩を使う。


 魚の塩焼きは、あっという間に食べ切った。


 疲れ切った澪は、ゴロリと転がり、泥のように眠る。



 ――翌日


 日の出と共に目覚めた澪は、渓流で洗顔と水分補給を済ませて、生乾きのセーラー服を着直した。


「さて、どうするべきかしら?」


 翌日まで持たない。


 まともな食事と水がいる。



 ◇ ◇ ◇



「じゃあ、出発するぞ!」


「「「うーっす!」」」


 どこかの登山部らしき面々が、歩き出した。


 その陰から、こっそりと山小屋に入る錬大路澪。


「ごめんなさい……」


 デポしてある荷物から、最低限だけ拝借。


 男物の上下に着替えて、食料とペットボトル。



 ――登山道


 見られても不自然ではない格好。

 登山靴は入手できず。


 歩きながらの食事だが、他人の目を気にする余裕はない。



 どのルートにするべきか? と考える澪は、後ろから尾行する人間に気づいた。

 ねっとりした視線が、背中に向けられている。


 気持ち悪く感じた澪は、サイドステップを踏みながら、瞬間的にスピードを上げた。



 澪をつけていた男は、小走りから減速して立ち止まり、キョロキョロと見回す。


「あれ? こっちに来たと思うけど……」


 近くの木の上にいる澪は、出会いを求めていたか、他人と群れたい男だったかと安堵する。


 ところが――


「ひゃああああっ! な、何だ、あんたら!?」


 登山者の悲鳴にそちらを見れば、山岳迷彩の兵士たちがいる。


 小銃を構えつつ、その男を半包囲。


「陸上防衛軍だ!」

「両手をゆっくりと上げろ! ゆっくりだ! 急に動いたら、撃つぞ!?」


 銃口を向けたまま、ボディーチェック。

 そのまま連行されていく男。


 澪は、異能者の波動から、陸防に所属する魔法技術特務隊と理解した。


 彼らは、魔法師マギクスの特殊部隊。

 顔も迷彩模様で、虫のように動く。


 隊長らしき男が、端的に命じる。


「よし、行け!」


 思わず緊張したが、彼らは四方へ散っていった。



 とにかく、市街地に紛れよう……。


 木の下に降りた澪は――


 残りの体力を気にせず、全力で飛びすさって、そのまま地面にダイブした。


 バシッ!


 さっきまで立っていた地面の近くが弾けて、深い穴が開いた。


 その土砂が落ちるまでにも、相手の攻撃は続く。


「くっ! スナイパーも!?」


 言う間で、追いかけるように着弾。


 ここで、ようやく初弾の銃声。


 タァ――ンッ!


 澪は車のような速度で走りつつ、さっきは市民を遠ざけるまでの時間稼ぎか! と歯噛みした。


 唯一の武器である刀モドキを手にしつつ、ライフルからの空気弾をはじく。


 上空には、ヘリの音も……。



 北垣きたがきなぎとは違う形で、真牙しんが流との対決だ。

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