第832話 原作ヒロインの澪は優等生ー②

 錬大路れんおおじみおは、自宅のテーブルで立ちすくむ。


 誰が? なぜ?

 どう見ても、これは誘拐犯からの脅しだ。


 急いでスマホを手に取るも、北垣きたがきなぎにあてたメッセージは未読のまま。


 それを見た澪は、言い知れぬ不安に襲われる。


 昨日の北垣家は無人。

 たまたま買い物に出ていたのではなく、この犯人に誘拐か、脅迫されたのなら……。


 刑事が見張っていたのも、それ?


 でも、このメモは女子が書いた感じ。

 犯人の手先か、あるいは……。


 どれだけ考えても、結論が出ない。


「ひとまず、学校に行かないと……」



 ――止水しすい学館


 憂鬱な澪は、自分の家族と凪が行方不明で、気が気ではない。

 席に座り、ノートを開いたまま。


 何気なく、机の中に手を入れる。


 コツッ


 硬い物体がある。


 入れた覚えのない物体に、手探りで調べた。


 どうやら、スマホのようだ……。



「古文では、この活用が多く――」


 授業のテキストを開いた状態で、前に立てた。


 喋っている教師に見つからないよう、こっそりとスマホを取り出す。


 ……飾りっ気がなく、海外ドラマや洋画で見かけるタイプだ。


 そう思った澪は、いきなり画面が明るくなったことに驚く。


 幸いにも、振動や音はなく、彼女がビクッとしたのみ。


“すぐに教室から出ろ”


 そのメッセージに、今は授業中よ! と心の中で叫んだ。


“窓の外を見ろ”


 釣られて、校舎の外を見れば――


 見覚えがある顔。

 彼らはスーツを着ており、足早に歩いている。


 刑事だ!


 県警本部、刑事部の佐藤さとうと名乗った男が指示を出し、部下らしき男たちが四方に散っていく。


 ゾクリ


 背中に悪寒が走った澪は、ガタッと立ち上がる。


「錬大路さん? どうかした――」

 コツコツコツ


 澪は問いかけた教師を無視して、まっすぐ教室を出た。


 唖然としたクラスメイトも、それを見送る。



 プルルル ピッ


「どういうつもりなの!? 何が目的――」

『問答の時間はない! 私の指示に従え! いいか? すぐにだ! ……しゃがめ!』


 自分より年下と思われる、女子の声。


 澪は、その迫力に押された。

 間髪入れずに、しゃがむ。


 ちょうど外から内廊下を覗き込んでいた刑事は、すぐに移動する。


『立て! まっすぐ進み、理科準備室から窓を抜けろ! 外壁の出っ張りを伝い、別の建物まで行け』


 どこかで見ているような、的確な指示だ……。


 コントのように、包囲網を狭めていく刑事や教職員をかわしていく。


 だが、彼らとて、プロ。

 追い詰められる一方。


 ギリギリで事務デスクの下に隠れたら、周りを見た刑事が遠ざかった。


 小声で、室矢むろやカレナ――今の澪は知らない――に泣き言。


「もう無理!」

『落ち着け、澪……。もう少しだ』



 気づけば、刑事の気配がない。


 けれど――


「ここ、ウチの立入禁止になったエリアだ……」


 桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこや、血相を変えた大人が歩き回っている。


 カレナの指示に従うも、やがて寄宿舎のような建物で、奥の個室へ追い詰められた。


『もう逃げられないわよ!?』


『私が調べる! あなたは上、あなたは下を!』

『うん!』

『分かった!』


 バンッ!


 個室のドアを開ける音が、どんどん近づく。


「どうすればいいの? ねえ!」


 足が震えている澪は、唯一の頼りであるスマホに小声で訴える。

 けれど、返事はない。


 ガチャッ ギィイイッ


 いよいよ、ドアを開けられた。


 少しずつ内廊下の光が差し込み、止水学館のセーラー服を着ている女子の姿が浮かび上がる。


「あ……」


 かすれた声で、澪が言い訳をしようとするも、口の中が渇いて、上手く喋れず。


 気が強く、大きな派閥で有名な女子だ。

 校内の乱交に堂々と参加して、自分が一番大事にされていると豪語するタイプ。

 説得できる気がしない。


 出入口を塞いでいる女子は、手元の端末と見比べた。


 遠くから大声。


佐竹さたけさん! そちらはどうですか!?」


 身をすくめた澪は、スマホを握りしめたまま、目を閉じる。


「いいえ! こちらには、いませんわ!!」


 その返事に、澪は思わず目を開けた。


 佐竹と呼ばれた女子は、自分のスマホを見た後で、奥に立っている澪を残し、立ち去った。


「な、何が……」

『急げ! ここから出る車に潜り込む!!』


「だけど――」

『Go! Now!!(行け! 今だ!!)』


 再び、鬼ごっこ。


 両側に個室のドアがある内廊下を抜け、踊り場の窓から外へ。


 途中の物陰でやり過ごしつつ、ショートカットで飛び降りる。



 アイドリングをしているバンに駆けよれば、グイッと手を引かれた。


 ガーッと側面ドアが閉められ、すぐに出発。


 制服の女子ばかりで、警察の検問にも引っかからず。

 というか、ノーチェック。


 後ろに乗っている1人が、声をかけてくる。


「大丈夫だった?」

「え、ええ……。何があったの?」


 別の女子が、自分のスマホを見せた。


 そこには――


『止水学館の高等部1年、北垣容疑者は、駅前の繁華街で事件を起こした模様――』


 大暴れする凪は、頭の上に狐耳2つで、なぜか金髪。

 後ろには、大きな尻尾まで生えている。


 笑顔のままで警察をなぎ倒し、ビルを破壊していた。

 それも、同じ顔が集団で。


「え、何これ?」


 目を丸くした澪に、同乗している女子は苦笑い。


「意味が分からないよね?」

魔法師マギクスの部隊までぶっ飛ばしたらしいよ?」

「そんな訳で、ウチに刑事が来たの!」


 プルルル ピッ


『次の検問は抜けられん! 鉄橋から飛び降りろ!』


 それを聞いた澪は、ため息を吐いた。


 けれど、進行方向に赤ランプを光らせる車両が多数。


「速度を落としてください! 川へ飛び込みます!」


 

 側面のドアが開けられ、澪は覇力はりょくで身体強化をしつつ、走っている車から飛び降りた。


 革靴の底が嫌な音を立てたが、鉄橋から身を投げる。


 完全に不意を突かれた警察は見逃し、川に落ちた音だけ聞く。



 逃亡者、錬大路澪……。


 彼女の日常は、終わりを告げた。


 Have a nice day!(良い1日を!)

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