第831話 原作ヒロインの澪は優等生ー①

 ――止水しすい学館


「であるから、この公式を使い――」


 カッカッと、黒板に書かれる音。


 それを見ている錬大路れんおおじみおは、ボーッとしたまま。



 なぎは退魔の任務。

 考えてみれば、他に友人と呼べる女子はいないわね……。


 クラスメイトとは、最低限の会話だ。

 お昼を一緒に食べる相手はいるものの、やむなく集まった感が強い。


 女子同士の付き合いで、余計に相手の本音が分からず。

 まあ、当人がいない場所での陰口は、挨拶のようなものだが……。


 友達が多いと称する奴は、知人も含めているケースが多い。

 

『キーンコーンカーンコーン♪』


「本日はこれまで! 次回に提出する課題を忘れるなよ?」

 

 そう宣言した教師と神棚に、それぞれ礼。


「はー! 終わった終わった!」

「明日まで、ゆっくりできる……」


 放課後で、かしましくなった教室。


 桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこを育てる学校だけに、武道場などで自主練をする女子がいる。

 一般の部活動も多く、まちまちだ。


 ボッチの澪は図書室へ向かおうと、スクールバッグに放り込んでから、歩き出す。


 途中で、コソコソと集まっている女子グループを見かけた。


「ねーねー? 次の室矢むろやくん、いつ?」

「早くて来月かな……」

「もー! そんなに後なの!?」

「アレを知っちゃうと、自分じゃ満足できないよね」

「1回で何人にしておく?」


 言葉を切ったグループが、ジッと澪のほうを見た。


 関わりたくない澪は、視線を合わせずに、そのまま歩き去る。



 校内のうわさで、千陣せんじん流の上にいる当主に抱いてもらえると聞いた。

 発言力があるリーダーを中心とした派閥のいくつかが、独占しているようだ。


 あまり交友関係がない私の耳に届く時点で、ほぼ公然の秘密ね?


 敷地内で立入禁止となったエリア。

 たぶん、そこで――


「少しは恥を知りなさい……」


 ボソッとつぶやくも、急いで周囲を見る。

 さっきのグループや、室矢くんに夢中の女子に聞かれれば、タダでは済まない。


 

 ――図書室


 課題を済ませ、気分転換にラノベを読む。


 室矢くんは、そこまでいいのだろうか?


 ふと、疑問に思った。



 女子校だから、男子に騒ぐケースはあった。

 けれど、今は室矢くんの話題ばかり。


 教師はどうだろうか?


 建前であっても、ここは巫女の学校だ。

 女の尻ならぬ、男のアレを追い求めるような、はしたない真似を……。


 注意喚起すらないことで、澪は不審に思った。


 スマホで北垣きたがき凪にメッセージを送ろうとするも、前のメッセは未読。

 小さく息を吐いて、仕舞う。



 ――北垣家


 周囲の空気が張り詰めている!?


 何てことはない住宅街。

 凪が住んでいる戸建てへ向かう澪は、緊張した。


 よく見れば、目立たない角に覆面パトカーらしき姿。

 目つきが鋭いスーツ男たち。


 何か事件が起きたのか? と思いつつ、ピリピリした視線を感じながら、インターホンを押す。


 返事がない……。


 3回繰り返したところで、外から住宅を眺める。

 人がいる気配はなく、留守のようだ。


 スマホで固定電話にかけてみるも、呼び出し音が続くだけ。


 きびすを返した澪は、北垣家が視界から消えたところで、前後を挟まれた。

 相手はスーツを着た男で、4人ほど。


 振り切る姿勢になりつつ、尋ねる。


「何か?」


 正面で立つ男が、黒い物体を上下に広げた。


「県警本部、刑事部の佐藤さとうです。失礼ですが、あなたは北垣さんのご友人ですかね?」


「止水学館の錬大路です。……お話があるのなら、うちの学長を通してください! 失礼します」


 学生証で自分の顔写真があるページを開き、提示した後で、そのまま歩き出す。


 立ち塞がろうとした男に、佐藤と名乗った男が止める。


「よせ! ……錬大路さん! 気が変わったら、いつでも県警に連絡してください! 北垣さんのことも相談に乗りますから」


 澪は背中で聞きながら、帰宅する。



 ――自宅


 夕飯を食べた澪は、学校の裏サイトを覗く。


 普段は見ないが、今は凪の手掛かりや、この異常を突き止めたい。


 そう思っていた彼女は、スマホに表示された画像に、目を疑う。


「え? 何これ!?」


 ウチの学校と思われる背景で、制服もある画像。


 女子の顔にモザイクがかかっているけれど、それ以外は――


 じんわりと汗をかいた澪は、吸い寄せられるように動画を触った。

 大慌てで止める。


「イ、イヤホン!」


 わたわたと用意して、再生。


 澪は、時間を忘れ、食い入るように見た。


「すごっ! こ、これが室矢くん!? この人数を相手にできるんだ……」


 男子の事情を知らない澪ですら、言わざるを得ない。


“今は順番待ち! 申し込みたい人は急いでね?”


 思わず指が伸びて、画面を触る前にハッと我に返る。


「ダメダメ! あ、危なかった……」


 荒くなった呼吸で、必死に気持ちを鎮める――


 無言で立ち上がった澪は、内鍵をかけた。


「また再生は……できる」


 後ろめたい表情で、イヤホンをつけたスマホを持った澪は、ベッドに座る。


「うん……。このままじゃ、寝られないし……」


 独白した澪は、いそいそと両手を動かす。




 ――翌朝


 澪はいつになくスッキリした頭で、ダイニングへ。


「おはよー。……あれ?」


 誰もいないことで、首をかしげる。


 けれど、テーブルの上にあるメモを見て、顔色を変えた。


“お主の日常は、今日限りで終わる”

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