第830話 原作のリベンジとしては物足りない【凪side】

 異能者の特殊部隊である木月きづき祐美ゆみは、自身が持つ多節棍をいつでも振るえるように構えた。


 唯一の武器である御刀おかたなを失ってもなお、戦意を失わず。

 桜技おうぎ流は近接戦に強く、距離を詰められれば、素手でも後れを取るだろう。


 身体強化でバックステップをしながら、叫ぶ。


「撃て! 殺しても構わん!!」


 その命令を待っていたかのように、包囲していた特殊ケース対応専門部隊が発砲する。


 全身からプレッシャーを放出していた北垣きたがきなぎは、実弾と変わらない空気弾により四方から蜂の巣に――


 着弾のたびに体を歪めていた凪はその場で崩れ落ちるも、様子がおかしい。


 配置についていた魔法師マギクスの1人が銃口を下ろし、息を吐いた瞬間で、正面から首をつかまれた。


「な!?」

 

 その相手は、今さっき撃ち殺した少女だ。


 精鋭部隊とあって、反射的に対応する。


 魔力で身体強化をしつつ、レッグホルスターから拳銃を抜いてのダブルタップ。

 胴体に密着した射撃で、くぐもった発砲音に。


 バシャッ!


 正面から被った隊員は、ポツリとつぶやく。


「……水?」


 事態を理解できずに、固まったまま。



 いっぽう、全体を俯瞰ふかんしていた祐美は、集中砲火をした場所に改めて立つ少女を見た。


 金髪になった頭の上に狐耳2つ。

 お尻のほうには、大きな尻尾。


 コスプレとなった凪は、右手に刀のつかを持ったまま、悠然とたたずむ。

 地味な色の和装で、剣道着のようだ。


 折れた刀を拾ったのか? と思うも、様子がおかしい。

 その間に、まだ撃てる隊員は、改めて集中砲火。


 けれど、その弾丸はどれも届かない。


 柄だけの刀を両手で握り直した凪は、事実を告げる。


「お前たちでは、千狐丸せんこまるに勝てないよ?」



 小隊長の祐美は、すぐに命令を出す。


「接近戦だ!」


 身体強化により、殴り合いへ。


 連携しての前後からの挟撃は、凪が回転するように振り抜いた刃により止められた。


 いや、見えない刃であるのに、寸前で回避した彼らが凄いのだ。


 その透明な刃は、コンクリートを紙のように切り裂き、止まっていなければ体が両断されていたと教える。


 怯んだ隊員に対して、ジャンプからの蹴りで、前後に吹き飛ばした。

 片方を蹴り、その勢いで反対側も。


 祐美は、凪が着地する瞬間を狙い、攻撃する。


「シッ!」


 多節棍によるワイヤーと、それに繋がった部分による打撃。


 上からの叩きつけは隙が大きいものの、遠心力と重力による合わせ技だ。

 当たれば、必殺。


 けれど、雰囲気を変えた凪は、片手持ちで払うように振るい――


 違う!

 これには、刃がある!?


 刀の振りによる重心移動や、その動きに振り回されるはず。


 なまじ剣道で木刀を振っていただけに、先入観に囚われていた。


 正面から向き合う祐美が自分の計算を修正した時には、振り切った多節棍を斬られていた。

 それも、特殊合金の部分を……。


 夜を照らす、わずかな光が、祐美にその理由を教えた。


「……水の刃」



 凪が操るのは、水流系の御神刀。


 変化する重量や間合いは、使い手にも神業のような技量を求める。


「くっ!」


 凪に対して、ほぼ密着した状態でハンドガンを連射するも、あっさり止められるか、避けられる。


 だが、少しずつ後ろへ下がらせ、ビルの屋上の端へ――


「なっ!?」


 踏み出した半長靴はんちょうかが重力に引かれ始め、祐美は焦った。

 いっぽう、凪は白足袋しろたび草鞋わらじで、当たり前のように空中で立っている。


 一気に前へ進んだ凪は、横に回転しながら腕を伸ばして裏拳につなげ、祐美の側頭部を強打。

 さらに踏み込んでの前蹴り。


 祐美は後ろへ大きく吹っ飛ぶことで、ビルから落ちる事態を防げた。


 一時的に刃を縮めていた凪は、空中に立ったままで笑顔に。


「本当は原作と1周目を併せて、2回は勝ちたかったんだけどね? まあ、これでいいよ!」


 ようやく白星を得た凪は、水の分身を作り出す。


 ラブホ街のせまい歩道に、ワラワラと50人ぐらいの彼女があふれ出し、四方八方に散らばっていく。


「ま、待てっ!」


 ようやく起き上がった祐美は、端に駆け寄ってハンドガンの銃口を向けるも、すでに狙える状態にあらず。



 ――封鎖した現場の周り


 ケモミミ凪の1人が、パトカーの上に着地。

 回転していた赤ランプが砕け散り、ボンネットが大きく凹む。


 満面の笑みを浮かべた凪が、さらにジャンプする。


 焦った制服警官は、銃口で追いながら、リボルバーを撃つ。


 パンパンッ!


「バカ野郎! ここで撃つな!!」


 周辺への流れ弾を恐れた年輩の警官が、そいつのリボルバーを地面へ向けつつ、乱射している警官をぶん殴った。


 その間にも、同じ顔をしたケモミミ凪が5人ほど駆け抜け、跳ねていく。


『本部より総員へ! えー。逃走中の北垣凪は50人ほどいる模様! とにかく、見つけ次第、逮捕せよ! 偽者でも協力者の可能性がある』


 その警察無線を聞いた全員が、どこのアニメだ? と心の中で突っ込んだ。


 暗闇で行われたコスプレ大会は、四方に散らばった凪のグループが姿を消したことで、終わりを迎える。


 1つだけ言えるのは、1周目の警察学校で『こいつを警察官にしてはならない!』と出した適性検査は、極めて信頼できるということ。

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