第829話 最終兵器凪ちゃんー③

 ラブホ街のせまい歩道。

 そこに展開していた警官隊は、誤射した催涙ガスと北垣きたがきなぎの蹂躙で一時的に無力化された。


 周りの敵意を察知した凪は、車が通れるかも怪しい歩道で動き出す。


 ブンッ!


 ほぼ同時に、空気を震わす音と着弾。


 正式な警察官として動く、唯一の四大流派。

 真牙しんが流の魔法師マギクスたち。

 つまり、警視庁の特殊ケース対応専門部隊による攻撃だ。



 先ほどの破壊で、周囲の光は減った。


 元々、すぐにヤリたい男女が、こそこそと歩く場所だ。

 目立つのは、赤や青に輝くネオンや、2種類の料金を照らす光だけ。


 動き出した凪は、わざわざ周りを見ることなく、現場から離脱する方向へまっすぐ進む。


 いずれにせよ、国家権力を敵に回したのだ。

 近くに潜伏すれば、包囲を狭められ、必ず見つかる。


 それに対して、特ケも余裕はない。


 現場はまだ避難も完了していないラブホ街。

 手が届く距離に、多くの人がいる駅だ。


 これだけの戦力を一蹴できる異能者を逃せば、大惨事になる。



 せまい夜道を走り抜ける凪は、サイドステップを交ぜつつ、左右のラブホの外壁の出っ張りで三次元の機動。


 その度に、着弾を示す音。



 ――我が名を呼べ


 凪は自分の頭に響く声を無視して、追いついた特ケ隊員との交戦を始める。

 その相手は、振ると衝撃波を出す警棒による、遠距離攻撃を混ぜた格闘戦だ。


 一番近い隊員の間合いに入った凪は、相手の腕を制し、それを支点に飛び上がりながら膝を顔に叩きこむ。

 先ほどまでの警官隊と比べて、殺意が高い。


 吹っ飛ぶ隊員に構わず、しゃがむことで、死角から襲ってきた隊員の警棒を躱した。

 連続した動作で長いリボンを飛ばし、相手の片足に巻き付けたまま、引っ張る。

 

 2人目の隊員も、受け身を取れないまま倒れた。

 前から倒れたことで、致命傷は避ける。


 片手でリボンを持つ凪は、体操選手のような跳ねで遠くへ逃れる。


 少し遅れて、さっきまでの場所が砕けた。

 硬いコンクリートが……。


 その物体は、細いワイヤーでつながっている多節棍。

 収容すれば現代の警棒で、本来は短いはずの鎖部分は長め。

 今のように、遠距離武器としての用途だろう。


 工事用ドリルで削ったような威力を見る限り、持ち主は殺す気で振るった。


 ビルの広い屋上に降り立った凪は、ワイヤーが戻される先に立つ人物を見る。


 その女は、黒をベースにした特殊部隊の格好。

 夜間の識別として、光る帯も。


 雰囲気だけで、他の隊員とは違う……。


 彼女は警棒のような多節棍を握ったまま、凪と同じ場所へ降り立った。

 ほぼ膝を曲げず、着地と同時に屋上が凹む。

 魔力による身体強化のおかげだ。


「投降しろ! さもなければ、殺してでも止める!」


 

 凪は、左手でさやをつかんだ。

 親指でつばを押し、抜刀。

 右手は、まだフリー。


 見覚えがある顔だ……。


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で『北垣凪』を叩きのめし、自分の命と引き換えにする形で逮捕した。

 殉職する前は、警部補。


 警視庁警備部、警備第三課、特殊ケース対応専門部隊に所属する――


木月きづき祐美ゆみ……。ここで会うとはね?」


 童顔であるのに、凄味がある笑み。


 凪は、右手をつかに添えた。

 この戦闘で、初めての構え。


 同時に、彼女は桜技おうぎ流の不正の証拠である自分の御刀おかたなと衣装を持ち帰ることを諦めた。



 凪の全身からみなぎ覇力はりょくに、祐美は説得を諦めた。


 改めて、右手の多節棍を握り直す。

 特殊合金で、下手に弾丸を食らうよりも凶悪だ。


 目の前の少女には、殺意がない。

 けれど、すでに多くの破壊と警官への殺人未遂、奪った銃器の使用だ。


 踏み出しながら、片手の多節棍を振るう。


 それは長く伸びながら、ストレートに凪を襲う――


 次の瞬間に、凪は刀の間合いに踏み込みつつの抜刀術。


 低い!


 片手にかかる重さを感じつつ、祐美は半長靴はんちょうかでビルの屋上を蹴る。


 ジャンプしながら、伸ばしたワイヤーの多節棍を振り回し、右手で真横に振り切ったまま膝をつく凪に叩きつけた。


 刃の向きを変えての斬りつけで、その攻撃が弾かれる。



 ――10分後


 正面から向き合う2人。

 どちらも怪我を負っているが、致命傷にあらず。


 祐美の多節棍をさばいた凪の御刀は、その勢いに耐えきれず、バキッと折れた。


 そのまま飛んでいき、ガランガランと転がる。


「ありゃ?」


 稽古中に刀が破損したような、緊張感のない声。


 それを聞いた祐美は、改めて勧告する。


「投降しなさい! その刀では勝てないわ! 桜技流も、立場は違えど警察官でしょう!? あなたのご家族、友人も――」

「一度目は、訳が分からなかった」


 凪の独白で、祐美は黙り込む。



 原作では、自分の意志とは別に殺戮して、最後は異形のボスとして討たれた。

 次の自分は、室矢むろや重遠しげとおと共に、桜技流や高天原たかあまはらのために戦った。


 そして、今の自分は……室矢重遠のために。


 凪は折れた刀を投げ捨て、頭の中で響く声に顔をしかめたまま、言い捨てる。


「難しいねえ? 殺さずに止めるのは……。もういいよ!」


 武器を捨てたことで、祐美は包囲するように飛び移ってきた隊員を従え、最終勧告。


「北垣凪! 貴様を器物損壊、銃器の不正使用、公務執行妨害による現行犯逮捕――」

「お前らは、ウチを舐めすぎだよ? 神格に仕える巫女を何だと思ってるの?」


 波紋のように放出された覇力のプレッシャーで、正面に立つ祐美と銃口を向けている隊員が怯んだ。


「あーあ! 使う気はなかったんだけどなあ……」


 右手を左腰に伸ばした凪は、何もない空間に添えている。


「そもそも、日本神話の神様というのは仏様より厳しいんだよね? だから、歴史的に色々とあったんだけど……。私が何を言いたいのかといえば……」



 ――人の身で、神格に勝てると思うな

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