第828話 最終兵器凪ちゃんー②

 人の欲望が凝縮された、駅前の繁華街。

 方角が違うだけで、もはや違う国と言えるほど……。


 ヴオオッと、軍の装甲車と思われる列。


 それは主要道路から脇にそれ、狭い道へ消えていく。


「わっ!?」

「陸防? ……違う?」


 駅前で通りがかるか、帰宅中の人々が、そちらを見たまま驚愕。


 地上の光で照らされた深夜に、やましいところがある学生、パクられたくない人間たちが闇に隠れ、あるいは最寄りの店に姿を消す。


 装甲車の上には、黒い文字で『特ケ』と……。



 ――車内の特殊ケース対応専門部隊


『本部より特ケ1へ! 現場で暴れている犯人を特定した! 止水しすい学館の高等部1年北垣きたがきなぎ、以上1名である! すでに武装した演舞巫女えんぶみこが展開しているため、誤射に注意されたし!』

 

 こんな夜間の市街戦で、似たような背格好を識別できるか!


 そう叫びたい木月きづき祐美ゆみは、呼吸を整えた後で、無線に答える。


「こちら特ケ1! 北垣凪1名の逮捕または無力化と了解した!」


 握っていたマイクを戻した後で、ため息を吐く。


 前を見られる座席に座ったまま、考えをまとめる。


「現場は、狭い歩道と密集したビルのラブホ街……。市民が紛れ込んでいる可能性も高い」


 魔法の空気弾でも、殺傷力は高い。

 実弾と変わらず。


 低威力にしても、警察官が公務中に撃てば、間違いなく社会問題へ……。


 まして、ここは駅前の繁華街。

 どれだけ貧乏人でもスマホを持つ時代に、口止めもへったくれもない。


 視界が悪いうえ、四大流派の1つが多数でも止められない相手。


 接近戦に特化した隊員が包囲。

 その後で、狙撃仕様の隊員による銃撃。


 ……これしかないか。


 小隊長の祐美は、決断を下した。




 ――警察による現場封鎖の外周


 徐行している装甲車の前で、制服の警官が車止めを動かす。


 脇で見守っている私服の刑事たちが、言葉を交わす。


「何です、あれ?」

「……警視庁ご自慢の人間兵器だよ」


「ああ、特ケですか!」


 偏見がない若手は興味深げに、バリケードの内側で降車する特殊部隊の格好をした魔法師マギクスたちを見る。


 海外のSWATによく似ている。

 動きやすく、急所だけを保護するプロテクターや防弾ベストだ。

 アサルトライフルなどを持ったまま、地面を蹴り外壁の連続ジャンプで屋上へ消えていくか、せまい歩道を車のようなスピードで走った。


 同じく見ていた年配者は、苛立たしげに紫煙を吐き出す。


「ったく! 異能者の殺し合いは、てめーらだけでやっておけ!」


 そのつぶやきは、大きな破壊音、怒声により掻き消された。



 ◇ ◇ ◇



 空中を舞った北垣凪は、待ち構えていた斬撃を避け、四つん這いで着地しつつの飛び跳ねで相手のふところに入った。


 その肘を女子の正中線にめり込ませ、さらに掌底しょうていで顎を跳ね上げると、倒れ伏す。


 凪は相手を見届けずにビルの屋上から飛び降りつつ、外壁の看板などにつかまることで落下スピードや方向を修正。

 暗闇に光る看板や、ラブホ特有のレッド、ブルーの光に照らされる。


 と思ったら、両手の握りで止まりつつ、落下スピードを横へ変換する。


 子供が鉄棒をするような仕草だが、覇力はりょくによる身体強化と、ハイスピードのままで自在に動ける凪であれば、映画のような光景に……。



 物理的に外壁を壊しつつ、まだイタしていた男女がいる個室へ。


 破壊用のハンマーと化した凪は、肌色だけの男女が見つめる中で、内廊下へのドアを蹴破るだけ。



『Kは――に侵入した! 外に通じる1階フロントで階段エレベーターを押さえつつ、内廊下で待ち構えろ! 相手は凶悪犯で異能者だ。即時発砲を許可する!』


 それを見ていた警察も、すぐに対応。


 1階の出入口を固めつつ、せまい内廊下にリボルバーを構えた警官隊が待ち受ける。


「止まれ……撃て!」


 パンパンパン!


 警官とは思えぬ、横に数人が並んでの一斉射撃。


 訓練を思わせる光景だが、床を蹴り、天井や左右の壁も使う凪には当たらない。

 それも、常に早く動かず、わざとゆっくり動いて誘う。


 近づかれるほど焦り、狙いや射撃ポジションが崩れる。


 緩急や上下を駆使した機動により、凪は警官隊の列に飛び込んだ。


「くっ!」


 1人はリボルバーを仕舞う暇がなく、右手で握ったまま殴りかかるも、カウンターで顎を打ちぬかれた。

 脳が揺れて、あえなく倒れる。


 崩れ落ちる警官を遮蔽しゃへいにしつつ、ジャンプ。

 全体をチェックしたあとで、天井から急降下へ。


 一番油断していた警官に襲い掛かり、両足で相手の肩を踏み台に。


 そのまま、空中で縦回転による浴びせ蹴り。


 食らった警官は鎖骨を折られ、後ろに叩きつけられた。



 床に降り立った凪に、1人がつかみかかる。

 

 その手を自分の腕でさばきつつ、前への踏み込みを相手の足に合わせた。

 重心が移動している最中の足払いとなり、柔道よりも実践的な投げ技。

 スパンッと横に足が飛び、払った相手の腕を振り切ることで加速させる。


 想定外の叩きつけに、その警官は失神した。


 うるさい警察無線に構わず、倒れた警官から銃を回収。


 シリンダーを横に出して空薬莢からやっきょうを落としつつ、まだ弾がある拳銃のグリップ底にあるリングを捩じ切った。



『催涙弾!』


 ラブホの外にいる警官がグレネードランチャーを構えるも――


 空を切り裂いた弾丸が当たったことで、あらぬ方向へ飛んで行った。


 周囲にまき散らされた催涙ガスにむせぶ警官隊。


 別の場所にいる隊がグレネードランチャーを構えるも、やはり銃身を撃たれた。

 

 

 左腰に刀を差している凪は、右手に持つリボルバーを前へ向け、歩きながらパンパンと打ち続ける。


 一発目は、構えていた銃を弾き飛ばし。


 二発目は、地面からの跳弾により、ライトを割った。


 三発目は、接近戦を仕掛けてきた重武装の警官の正中線に。


 弾切れだ。


 凪は両手でオニギリのように潰し、リボルバーをゴルフボールにした。

 次に、片手で時速400kmの剛速球。


 その砲弾はマッハのように空気の層を突破しつつ、進路上の外壁をぶち壊した。


 立て直しつつあった警官隊は、発生した衝撃波により、機材や車両ごと吹き飛ばされる。



 凪は、新たな敵を察知した。


 配置を完了した特ケが、いよいよ接敵する。

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