第827話 最終兵器凪ちゃんー①

 北垣きたがきなぎ


 それは、桜技おうぎ流の最終兵器。

 手が届く範囲なら誰でも始末できるという、どこぞの大陸武術みたいなキャッチフレーズがよく似合う。


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、みおルートのラスボスだった。

 止水しすい学館の女子高生。


 悲劇のヒロインでもあり、ヒロインの錬大路れんおおじ澪はだった。

 外見は、童顔でニコニコしている凪と、大人っぽい優等生の澪。

 けれども、澪はひたすらに受け。


 原作で罠にハメられるまで、使命感に満ちていた。

 剣術の天才ゆえ、人の気持ちは分からない系だが……。


 CMでよくある、ブーストをする描写。


 もし、偽物の御刀おかたなと衣装で送り出され、巣くっていた怪異に憑りつかれる展開で、それがあったら――



 水沢田みずさわだ駅から徒歩で行けるラブホ通り。

 法律とクレームの関係で、これらの施設は狭いエリアに固まる。


 地価が高い場所に特有の縦に長い建築物の一室で、苦し気な声が響いた。


 相手の首を片手でつかむ人物は、笑顔のままで、その握力を示す。


「う~ん? この御刀と衣装は術式がなく、ガワだけのゴミだよね? ウチの不正の証拠になるから、そのまま確保するとして……」


 女の上半身を持った、巨大な蜘蛛。


 それしか表現のしようがない化け物に対し、覇力はりょくで身体強化をした凪は、片手で圧倒する。


 1周目の記憶が入った彼女は、面倒に思った室矢むろやカレナにより、すでにスキルを育てた状態だ。

 つまり、室矢重遠しげとおに貫通されることを除いて、完成品。


 絡新婦じょろうぐもの怪異なぞ、全裸でもワンパン。


「そろそろ、どうするか決めないと……」


 断末魔の叫びと共に、首を絞めていた化け物は力尽きた。

 そのまま、壁に叩きつける。


 ほぼ真っ暗な廃墟で、かつては多くの男女がご休憩をしていた個室から、コツコツと内廊下へ。


『アアア゛ッ!』


 半透明で白っぽい女子高生の地縛霊だ。


 原作と1周目では、こいつに取り憑かれ、散々な目に遭った。

 (自分の肉体を乗っ取られる意味での)NTRだ。


 コスプレの役にしか立たない装備で、演舞巫女えんぶみこの凪は動く。


 一瞬で半透明の女子の前に詰め寄り、向かってくる相手を避けつつの殴り。


『ボウウエエッ!』


 2人がすれ違えるかどうかの、狭い内廊下。

 駅前のラブホとあって、窓もない。

 ほぼ暗闇だ。


 けれど、何の障害にもならず。


 抱き着きを狙ったが、一瞬で消し飛んだ亡霊。



 スッと立った凪は、下ではなく上へ向かう。


「たぶん、私が破滅するまでのがいる。トドメを刺す役割を兼ねて……。御前演舞で本戦の上位だったし。不正の証拠を身につけた奴を野放しはないか!」


 独白した彼女は、真剣な目つき。


 ラブホは、外に通じている場所が少ない。

 昔の設計ゆえ、最低限の非常口はあれども、清算のためにフロントの前を通る構造。


 どれだけの人数が、自分を見張っているのか?


 桜技流の演舞巫女だとバレないよう、私服で銃を使う?

 傭兵を雇う?


 いや――


「違うね! むしろ、逆!」


 今の桜技流は、れっきとした警察の一部だ。

 ならば、その強みを最大限に活かす。


 演舞巫女の格好をしたうえで、一般警察も動員するだろう。

 自分を凶悪犯と見なして。


 問題は……だ。


 私がどれだけ強くても、生身の人間。

 おまけに、装備がない。


 リボルバー数丁なら、相手は動きが止まっている案山子だ。

 でも、サブマシンガンは少しキツい。

 弾丸をはじく装備がないと……。


「弾をばらまくタイプが厄介なんだよねえ……」


 押収品で揃えるか、密造銃を用意されたら、そちらもあり得る。


 狙い撃ちよりも、弾幕を張られるほうが嫌だ。

 読みにくいし、どうにもならない。


 逆に、遠距離からの狙撃は、角度と距離が限定されて、殺気をとらえれば簡単。



 こっそりと離脱するには、屋上から別の建物に飛び移るか、空中のヘリに回収してもらうのみ。


 監視中の不正グループも、それは分かっているはず。


 一般警察に言い訳をするため、この廃ラブホには入ってこないだろう。


「ま、屋上に出てみれば、分かるよね!」



 凪は非常口のドアを蹴り飛ばし、腐食して形だけ残っている外階段を蹴る。

 嫌な音を立てつつ、落下する残骸。


 時刻は夜だが、周囲の灯りによって、中よりも明るい。

 客引き、街頭モニターの音声、深夜にも行き場がない若者、酔った社会人たちのオーケストラ。


 空中に浮かぶ凪は外壁の足場でジャンプを繰り返し、サイボーグのように屋上へ……。


 落下防止の鉄柵も飛び越え、ヘドロが溜まっているコンクリの上に両足を下ろす。

 ジャーッと滑る音に続き、その体が止まった。


 動く気配がない空調設備のファンや、貯水槽。

 プラスチックや金属の椅子も、所在なげに転がっている。


 バランスをとるために両足を開き、上体を伏せていた凪は、スラスターを噴かしたように、そのままの姿勢で横へ滑った。


「タアアアッ!」


 裂帛の叫びと共に、上段からの斬りつけ。 

 刃が先に振ってきて、そのつかを両手で握る体も。


 空振りのまま着地した演舞巫女は、すぐに動けない。


 一気に踏み込んだ凪は、相手を掴むのではなく、片手の掌底しょうていにより突き飛ばした。


 襲いかかってきた女子は、長年の風雨で汚れ切った設備の1つに叩きつけられる。

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