第826話 女主人と筆頭巫女の間に挟まった猫又+1人

 二又に分かれた尻尾が特徴的な、ネコ妖怪。

 猫又のルーナは、うっかり出てきたことを後悔している。


 なぜなら――


「いきなりのご訪問で男を欲しがるとは、桜技おうぎ流の筆頭巫女はずいぶんと好き者ですね? それも、人の男を……」


 笑顔で右ストレートを放ったのは、南乃みなみの詩央里しおりだ。

 京都女子のわりに、はんなりしていない。

 おそらく、婚約者の影響だろう。


 いっぽう、向かいで微笑む天沢あまさわ咲莉菜さりなが、首をかしげた。


「ウチの女子に大喜びで腰を振って、しゃぶりついている男子……。そなたの婚約者だと思うのでー? よろしければ、動画で確認しますか? 1人、2人ではないぞ? 文字通りの乱交だ」


 最後のほうだけ、ドスが効いた声。


 2人の間にあるローテーブルに乗っかったルーナは、そこに伏せたまま、必死に気配を殺す。


 私はインテリア。

 誰が何と言おうとも、インテリアだ……。


 そう言い聞かせながら、ネコミミすら伏せた。

 けれど、自分を挟んでいるプレッシャーは止むことがない。


 “天気最悪にて不利である”


 思わず打電したくなったが、そもそも司令部がない。



「まあ! 重遠しげとおさんとは限らないのでは? そちらは女子ばかりで、男子との出会いが少ないようですし」


 他にも男を連れ込み、敷地内でヤッているだろう? と言っている。


 それを理解した咲莉菜は、握っていたナッツを粉々に。


 ひえっ!


 その音を耳にしたルーナは、さらに縮こまった。


 自分の女主人である詩央里。

 そちらの怒りも伝わってくる。


「重遠さんを手放す気はございません! お帰りは、あちらです」


 けれど、咲莉菜は動かない。


「そなた、桜技流を舐めているのでは? 千陣せんじん流で序列が高い室矢むろや家の当主が、四大流派の1つであるウチの女子を食い漁っているのだぞ? いくら十家の1つ、南乃家の長女だろうが、わたくし達と本気で戦うつもりか?」


 雰囲気が変わった。


 ルーナは、式神としてのパスで、詩央里の焦りを感じ取る。

 今すぐ殺し合いになれば、彼女が負けるらしい。


 いっぽう、咲莉菜は自分の主張を繰り返す。


「そうならないため、『室矢重遠を渡せ』と申し上げています! であれば、当流の問題に過ぎず、内々で片付けられるのでー!」


 ここで、別の女子の声が交じる。


「フフ……。どちらから来られたのか、少し悩んでしまいました。重遠さまがココに女を届けてもらうとは思えませんし」


 夕花梨ゆかりシリーズの筆頭にして、知将。

 外見は清楚な女子中学生である如月きさらぎちゃんだ。


 詩央里の隣に座ったまま、優雅にお茶を飲む。


 今の言葉を翻訳すると――


 同じ四大流派のトップが、婚約者のいる男子を欲しがるな!

 自宅にデリバリーされた女でも、お前より常識があるぞ?


 はい。

 咲莉菜の殺意が、どんどん上がっています!


 けれど、如月は涼しい顔。


「私の記憶では、桜技流の筆頭巫女には局長警護係が1人はついているはず……。そちらにも聞かせられないのでしょう?」


 如月が千陣夕花梨に仕えている式神と知った咲莉菜は、慎重に答える。


「そなたらに配慮したのでー! 呼んでもいいが、その瞬間に流派同士の戦いになりますよ?」


 湯呑みに口をつけた如月は、穏やかなままだ。


「それは困りますね?」

「ですから、室矢重遠をよこ、せ、と……」


 落ちた湯呑みが、ガシャンと音を立てた。


 脱力した咲莉菜は、実体化した弥生やよいが受け止める。


「如月!?」


 驚いた詩央里が腰を浮かし、ローテーブルでうずくまっていたルーナも尻尾を上に向けつつ、立ち上がった。


 全く動じない如月は、平然と告げる。


「詩央里さま? これ以上は時間のムダです! どうせ1周目が入るのだから、今の咲莉菜さまの相手をする意味はありません」


「それは……そうですけど」


 戸惑う詩央里に、如月は笑顔だ。


「どうせ、重遠さまの動画を見て、『自分も!』と我慢できなくなっただけ……。ご希望を叶えてあげれば、それで済みます」


「あ、はい……」


 引いている詩央里に対し、如月は眠ったままの咲莉菜を運ばせる。


「では、失礼します! あとは、こちらで行いますゆえ」



 ◇ ◇ ◇


 

 天沢咲莉菜が気づいたら、そこはホテルのような部屋。


 冷たい感触に首を触れば、金属のようだ。


「こちらに逆らうか、逃げ出せば、即座に爆発しますよ?」


 そちらを見れば、見覚えのある少女。

 如月だ。


「わたくしに――」

「あなたの望みを叶えてあげます」


 黙り込んだ咲莉菜に、淡々と告げていく。


「もうすぐ、重遠さまがお越しになります……。きっと桜技流の女子にしたような行為をたっぷりするでしょう」


 如月は目を細めながら、続ける。


「こちらに従えば、すぐにでも解放しますよ? まあ、できないと思いますが……」


 ソファーから立ち上がった如月は、少しだけ迷った後で、スタスタと出口へ歩いていく。


「そうそう! この部屋はどれだけ汚しても、壊しても良いですから。どうぞ、ご遠慮なく」


 最後まで笑顔のまま、如月は退室した。



 顔を紅潮させ、息を荒げていた咲莉菜。

 まさに発情したメスだったが、それを指摘しないだけの優しさはある。


 2周目になった彼女に斬られたくないし……。



 ともあれ、咲莉菜はしばらく説得されることに。


 その一方で、同じ桜技流にいる女子2人が、危険地帯の中で動き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る