第825話 知っている咲耶と知らない少女【咲莉菜side】

 とにかく、室矢むろや重遠しげとおだ。


 千陣せんじん流の名家の当主である以上、そちらを納得させねば、話が進まない。


「あー! どうしたら、いいのでー!?」


 天沢あまさわ咲莉菜さりなは、思わず叫んだ。


 桜技おうぎ流の筆頭巫女と言えど、すぐに動かせるのは局長警護係だけ。

 選りすぐっているだけに、数が少ない。



 重遠のファーストコンタクトは、最悪の一言。

 乱交を続けると言われ、こちらの脅しにも譲歩せず。


 直接会ったことで、完全に舐められた……。



 手段を選ばず、という話であれば、武羅小路むらこうじ家を裏切るか、味方をしないだけの報酬を用意すればいい。

 けれど、それが好みの女子、あるいは、大勢との乱交では……。


「黙認する形で女子を抱かせれば、わたくしの正当性と立場はなくなりますー」


 不正をただすべき筆頭巫女が、となるだけ。


 武羅小路家などの主だった面々を始末できても、自分に未来はない。

 桜技流が千陣流に膝を屈したと見られ、暗殺されるだろう。


「おまけに、局長警護係がいる場で、咲耶さくやさまと高天原たかあまはらを貶した……」


 重遠がハッキリと謝罪することが、スタートラインに。


 こちらも暗殺しかけたから、あの会談に限っては、相殺と言えなくもないが――


「直接聞くしかないので……」




 ――高天原


「うーん……。あー、その話ね?」


 咲耶は、室矢重遠の名前を聞いて、悩み出した。


「何かあるのでー?」


 不思議に思った天沢咲莉菜が尋ねるも、腕を組んだ咲耶は唸るばかり。


 やがて、咲莉菜を見る。


「あのね? 重遠については、長くかからないと思うの」

「かからない?」


 オウム返しをすれば、咲耶は首肯した。


「今回はねー! 重遠がキレているから……。うっかりすると殺し合いになるし、私はあまり出ないほうがいいわ」


 この高天原だって、別に仲がいい神格ばかりじゃないけど。


 そう続けた咲耶は、自分の内弟子うちでしで、地上の代理人になっている咲莉菜を見た。


「あなたは、どう思うの?」


「どうと申されてもー!」


 言わば、自分の全てを否定したような男子だ。


 神敵と刺し違えるか、桜技流の総力を挙げてでも殺せ! と言われる覚悟をしていた咲莉菜は、困惑した。


 咲耶に怒っている様子はなく、むしろ苦手な感じ。


 それどころか、思いもかけぬ発言。


「咲莉菜? 重遠と敵対する必要はなく、彼に抱かれても許します」

「な、何を言っているので!?」


 飛び上がらんばかりに驚いた咲莉菜は、高天原に弓引く、との発言も伝えた。


 けれど、ダウナー気味の咲耶は、片手を振るだけ。


「今説明しなくても、どうせ分かるから……。せっかくだし、無垢シチュで調教されるのも良いんじゃない?」

「咲耶さま!?」


 お盆の和菓子を食べた咲耶は、最低限の説明をする。


「重遠は、高天原を攻撃しないわ! がいる限りね? むしろ、ここにいるどの神格よりも守護すると思う」


「何を……おっしゃっているので?」


 全く理解できない咲莉菜は、絶句した。


 いっぽう、マイペースな咲耶は、自分の考えを述べる。


「あなたが進退窮まったら、降臨してでも演説するわ! だから、重遠との今この瞬間を楽しみなさい」


 どこか寂しそうな咲耶は、舞い散る桜を眺めた。


「……きっと、あなたも旅立つだろうから」


 外宇宙には、桜がない。

 咲耶も、高天原を離れられない身。


 この2人についても、死後には永遠とも言える別れが待っている。



 蚊帳の外に置かれた咲莉菜は、耐えきれずに問う。


「室矢は何を考えているのでー? わずかに会っただけでも、手練れと分かりました。その気になれば、あの会談でわたくしを暗殺できたでしょう! それだけの腕を持ちながら……どうして」


 婚約者がいるのに、狂ったような乱交を続けるのか?


 咲耶や桜技流も、否定された。



 ため息を吐いた咲耶は、解答だけ言う。


「重遠が大事にしたいのは、たった1人よ……。女の私たちが踏み込んでいい領域じゃない」

「しかし!」


 反論した咲莉菜に、咲耶は注いださかづきを差し出した。


 開放的な和室に、桜の花びらが舞い込む。


 その1枚が、はらりと落ちる。

 文字通りの花見酒となった、風流な場。


 おずおずと受け取った咲莉菜に、咲耶は提案する。


「たまには、一緒に吞みましょう? もう、こんな機会はないでしょうから」

「……いただきます」


 時代劇のような服装の2人と、縁側から広がる景色までの屋敷。


 畳の上に座りながら、その宴はしばらく続いた。



 ◇ ◇ ◇



「分からなくなったのでー」


 頼りの咲耶は、怒りもせず。

 そのせいで、天沢咲莉菜は迷いに迷う。


 むしろ、あの咲耶が認めた男子というお墨付きまで。


「それにしても、絶倫のうえ……すごい」


 筆頭巫女としての使命感は機能せず、室矢重遠の動画をチェックするように。


 そのうち、咲莉菜は自分に置き換えて、視聴する。




「咲耶さまがお認めになられた……。当流でこれだけ遊んでいることも、外には出せないのでー」


 咲莉菜は、真逆の考えになっていた。


「こんな男子が婚約者では、南乃みなみの詩央里しおりもさぞや困っているでしょうー! わたくしが引き取って差し上げます」


 そうすれば、千陣流との敵対もなく。

 ウチの女子すら、味方につけられるだろう。


 誰も困らない。

 みんな、幸せになれる!


 あとは、ウチの不正を叩くだけ♪


「善は急げなのでー!」


 咲莉菜は、詩央里と会うべく、連絡を急がせる。



 あどけない状態でも、咲莉菜は咲莉菜だった……。

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