第824話 繋がる体と繋がらない心

 武羅小路むらこうじ家の当主は、俺に張りつかなくなった。

 警戒する必要がなくなったという判断か……。


「お前はどう思う?」

「えっえっ? んっんっ! 急に何ぃ?」


 俺の前にいる女子が後ろを向き、戸惑ったように尋ねてきた。


「ちゃんと協力しなければ、もう呼ばないと言ったんだよ?」

「え!? それは嫌! 頑張るから!」


「じゃあ、言ってみて!」

「きょ、協力しますぅ!」


「何に?」

「止まらないで! ううっ……。桜技おうぎ流のために不正の証拠を見つけますぅ!」


「よく言えたね? 偉い偉い」

「バレたら殺されちゃうよぉ……。んんんっ!」


 色々な意味で泣いている女子は、力尽きて、ぱったりと倒れた。

 おやすみ。




 別の女子は、取り巻きによる半包囲。


「他の子ばかり、相手にしているようだけど?」

「そうか?」


 リーダーに言い返せば、そいつはため息を吐いた。


 自分の髪を弄りながら、提案してくる。


「お金はあるのよ? こんな学校でコソコソせず、どこかリゾート地に行って開放的な気分で――」

「俺の言う通りにすれば、この前の二段階ぐらい上でしてやるぞ?」


 コトン


 リーダーの女子が顔を真っ赤にしたまま、ドリンクカップを落とした。

 残っていた液体をこぼしつつ、震える声で聞き返す。


「にに、二段階……。ど、どうすれば?」

「ここでは言えないなー。今からどうだ?」


「そ、そうですわね! では――」

「はるちゃん。これから授業があるけど……」


 比較的まともな取り巻きが言うも、聞く耳を持たない。


「私は参りますから、あなた方はどうぞ――」

「あ、ズルい!」

「私も行く!」

「えっと、私は教室に――」


 指摘した女子の手を取り、そのまま連れていく。


「じゃ、行こうか?」

「ええ!」

「ここで受けないと、かなり待たされるからね!」


 さて、今逃げようとした女子は、念入りに処置しておかないと……。



 深淵を覗くときには、深淵もお前を覗いている。

 その言葉通り、女子の説得を続けた。


 おかげで、俺のために動く数は増え続け、即席のネットワークを構築。


 ともあれ、素人の集まりだ。

 いざというタイミングで動かすのが、せいぜいだ。


 そして、俺はついに天沢あまさわ咲莉菜さりなと出会う。



「そなたが、室矢むろや家のご当主で?」

「はい、室矢重遠しげとおです。初めまして」


 咲莉菜の返事はない。

 代わりに、敵意を隠さない視線だ。


「当流の女子と、ずいぶん仲が良いようでー!」

「そうですね」


 周りで護衛をしている局長警護係は、今にも抜刀しそうだ。

 どいつも腕利きだけに、いざとなれば手加減できるかどうか……。


 咲莉菜は、名人が作ったと思われる湯呑みをタンッと置いた。


「はっきり申し上げるのでー! ここは、そなたが乱交をする場ではない! 彼女たちは演舞巫女えんぶみことして咲耶さくやさまに仕えるべく――」

「どうでもいい」


 思わず、口から洩れた。


 向かいで座る咲莉菜に、殺気が混じる。


「そなた……今何を言ったか、理解しているので?」

千陣せんじん(重遠)を見捨てた咲耶なぞ、どうでもいいと言ったんだ」


 その瞬間に、ジェット機のような風切り音。


「待て!!」


 珍しく焦った咲莉菜が叫び、ほぼ同時に手の内を締めたことで止まった刃が首筋に触れていた。

 見なくても、局長警護係の誰かが抜刀術で俺の首を狙ったと分かる。


「殺傷の許可は出していない!」

「……申し訳ありません」


 スッと、刃が遠ざかった。

 首筋をわずかな血が流れる。


 ピリピリした緊張感が張り詰め、咲莉菜が困惑した様子で尋ねる。


「そなたは何を言っているので? 千陣流と小競り合いはあれど、咲耶さまがそなたらを見捨てるとは――」

「説明する気はない。ついでに言えば、俺は高天原たかあまはらが大嫌いだ」


 ため息を吐いた咲莉菜は、ソファーに座り直した。


「気に食わないから当流の女子校で食い漁り、滅茶苦茶にしていると? 警告をしておくので! 今の発言は聞かなかった事にするが、次はない! すぐ女子との乱痴気騒ぎを止めなければ、わたくしにも考えがあります」


「何と言われようが、俺は俺の道を進むだけだ」


 見るからに脱力した咲莉菜は、首を左右に振った。


「当流でこれ以上の淫らな行為は見逃せません! 退くなら今ですよ?」

「くどい」


「理解していただけず、残念です。次は殺し合いになるかもしれません」


 言うや否や、咲莉菜は立ち上がった。


 周りの局長警護係が俺を敵視したまま、退室。



 ◇ ◇ ◇



「やはり、噂通りでしたね」

「いかがいたしますか?」


 局長警護係たちが話しかけるも、天沢咲莉菜は答えず。


 見るからに元気をなくした咲莉菜に、室矢重遠を攻撃した局長警護係が言う。


「あのまま首を切っておけば、面倒もなかったんだけど……」


 抜刀して、その時の痕跡を見れば――


 カランカラン


 その御刀おかたなは分割され、刃がバラバラと落ちた。


「え?」

「いつ!?」


 今の重遠は魔術師で、剣術にこだわらない。

 時間を止めるも、リジェクト・ブレードで切り刻むも自由自在。

 さらに、ダガーは接近戦に強い。


 時間停止の1割は、本物なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る