第六章IF どっちを向いてもヤバい桜技流

第822話 まだあどけない貴重な咲莉菜

「はい……。では、一番面倒な桜技おうぎ流からだ」


 俺の宣言に、周りも憂鬱な顔だ。


 今の桜技流は、腐っている。

 主な学校で御刀おかたなや衣装の偽物が横行していて、それでピンハネした裏金による恐怖政治だ。


 トップの天沢あまさわ咲莉菜さりなと局長警護係では手が足りない。

 上がってきた報告を見るだけで、視察しても事前に情報が洩れる。


「所詮は、現役の女子高生だしな?」


「ええ……。本当の意味での抜き打ち検査は、無理でしょう」


 南乃みなみの詩央里しおりが同意した。


 咲莉菜は筆頭巫女にして、警察の刀剣類保管局の局長としてのキャリア。

 けれども、お飾りだ。


 彼女の怖さは、もう少し先の夏休みで行われる御前演舞で披露。

 1周目ではな?


「2周目にすれば、『完成品をこちらに用意しています』にできる」

「まあ、そうですが……」


 歯切れの悪い詩央里に、説明する。


「俺たちには2つの選択肢がある! 今すぐ咲莉菜に1周目を入れて桜技流を灰燼かいじんに帰すか、それとも後で半壊させるか」


「あの……。その言い方だと、遅かれ早かれ滅ぶような……」


 ここで、室矢むろやカレナが口を挟む。


「1周目でも、桜技流は死にたいだったのじゃ! 咲莉菜が神降ろしを成功させたうえに、そのカリスマと重遠しげとおによる四大流派の後ろ盾があったからな? 強引に突っ走った勢いで、警察からも離脱した」


「問題は、咲莉菜に1周目を入れるタイミングだ……。桜技流の不正グループが幅を利かせている以上、あいつが暴走するか変なことを口走っては逆効果! 業を煮やして、不正の武羅小路むらこうじ家あたりを物理的に消し飛ばす恐れもある」


 俺の指摘に、その場が静まり返った。


 腕を組んだ詩央里は、ストレートに尋ねる。


「若さま? 時間がないのでしょう? 前に『多少ダーティーな手段を使う』とおっしゃっていたし。だいたい想像がつきますけど……。なぎみおは?」


「咲莉菜に集中したい……。その2人は、カレナに任せる」


「承知したのじゃ! 下手に1周目を入れると逆効果は、そちらも同じだな? では、私の判断で動く。必要なら、マルグリットを使う」


 思い出したから、口に出す。


「そういえば、桜技流の警察からの離脱も必要だったな? 欧州へ出発する前に片付けておかないと面倒だ……。ついでに、やっておくか! 明夜音あやね五夜いつよさんに連絡してくれ」


「はい! 桜技流の不正を叩いた直後に、『真牙しんが流の魔法師マギクスが抜けてもいいのか?』との脅しを交えての交渉ですね? 警察庁との」


 悪い顔になった俺は、首肯する。


「そうだ……。警察を担当している上級幹部(プロヴェータ)の柳井やないさんは、泣かせてもいい! あちらの態度によるが」


かしこまりました」



 ◇ ◇ ◇



「どうしたものやら……」


 重役のような執務室で、天沢咲莉菜は息を吐いた。


 桜技流で大々的に不正が行われているのは、こちらの耳にも届いた。

 けれど、証拠はなく、疑わしい武羅小路家などを潰すのも難しい。


 コンコンコン


「入るのでー!」


 ノックの後で、局長警護係の1人。


 大扉を閉め、応接用のソファーに身を沈めている咲莉菜へ耳打ち。


「……千陣せんじん流の室矢家の当主が、武羅小路家に接触した!?」


 少し離れた局長警護係が、報告する。


「ハッ! こちらが、その室矢家の当主です」


 咲莉菜はタブレットで、ススッと指を動かす。


「室矢重遠……。高校生!? そなた、彼のことは?」


「い、いえ! 最近のデータ更新では見なかったはず……。申し訳ございません!」


 片手を振った咲莉菜は、自分の側近に優しく言う。


とがめているわけではないのでー! わたくしも初耳です」


「千陣流にコンタクトを取りますか? 理由はどうあれ、これは越権行為です」


 局長警護係の提案に、咲莉菜は悩みに悩む。


 けれど、首を横に振った。


「藪蛇になります! 『自分で武羅小路家に尋ねろ』と返されたら、それまで! しかし、千陣流の室矢家……。それも千陣家の元嫡男とは……」


 老人になって、ようやく当主の座が回ってくる。


 その千陣流で、異例中の異例。


「調べた限り、本人の霊力はゼロに等しく廃嫡されたとか……。そこまで警戒する必要は――」

「なればこそ、歪むのです! 抵抗できない者をいたぶるのは、典型的なパターン」


 咲莉菜は言い返しながら、あの四大流派まで、とほぞをかんだ。


 しかし、すぐに指示を出す。


「東京の室矢家に連絡するので! あまり好きではないが、手段を選んでいる余裕はありません! 同じ女として、話し合いの場を設けます」


 室矢重遠の正妻である南乃詩央里に訴え、彼女から止めさせる。


 その意図を理解した局長警護係は、出ていった。



 残された咲莉菜は、青白い顔で心細いまま。


「狙いは、武羅小路家が絡んでいる演舞巫女えんぶみこの調教や、その成果なので……」


 要するに、千陣流の名家の当主が乱痴気騒ぎのため、桜技流の不正に一枚かむのだ。


 咲莉菜は、さらに身動きが取れなくなった。


「もうっ!!」


 苛立たしげに、前のローテーブルにあるティーセットを横に払う。


 その一式は、ラグが敷かれた床にぶちまけられた。

 高そうな陶器が割れ、中のお茶がこぼれてシミを作る。


「グスッ……。ウウ……」


 ソファーに座ったまま、両手を顔に当てて泣く咲莉菜。



 本来は、これが彼女の素顔だ。


 いくら筆頭巫女で剣術が上手くても、意味はない。

 ただでさえ、解決の目途が立たない不正に頭を悩ませているのに、四大流派で最も凶悪な千陣流まで加わったら……。


 今の咲莉菜は、絶望している。



 それはそれとして、重遠はオリチャーでRTA(リアル・タイムアタック)を始めた。

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