第821話 高度な柔軟性による臨機応変な対応で!

 俺に、新たな死亡フラグが輝いた。

 夜空に浮かんでいたら、きっと一等星だ。


 それはともかく、本題に入る。


 わざわざ足を運んだのは、傅 明芳(フゥー・ミンファン)が欲しいから、その父親に懇願するためではない。

 俺たちのヨーロッパ留学で、彼女がどう絡んでくるのか? の打ち合わせだ。


 大陸料理店でお馴染みの丸いテーブルにつき、食事。


 ここはまだ、東アジア連合の大使館の中。

 お抱えの料理人による力作が並ぶ。


 地下トーナメントの格闘家の集団は、姿を消した。

 先ほどまでの空気とは異なり、和やかだ。



「私はお付きの谷 巧玲(グゥー・チャオリン)を筆頭にした手勢を引き連れ、独自に拠点を築きます」


 上座に座る明芳ミンファンが宣言した。


「つまり、現地で会える時に会うか……」


「はい! 申し訳ありませんが、東連とうれんの総督の娘として、全部をあなたに委ねるわけには……」


 首肯した後で、返事をする。


「了承した……。俺たちも現地でどう動くか不明だ! むしろ助かる……。留学先を人任せで、まだ答えられないんだよ」


「そうですか? よろしければ、私共わたくしどもが推薦しますよ? お父様に認めてもらえたから、それぐらいは大丈夫でしょう」


 あの傅 宗宪(フゥー・ツウォンシェン)に借りを作ると、後でどうなるやら。


「気持ちだけ、受け取っておく……。今回は、室矢むろや家の当主である俺を認めさせることが目的だ」


「……うちの名前で行っては、意味がないと?」


 明芳ミンファンの声音に、すぐフォローする。


「すまないが、そういうことだ! 個人的には、お前と一緒の学校に通いたいけどな? 先約があって、そちらに不義理はできない」


 息を吐いた彼女は、納得する。


「仕方ありませんね……。この大使館で会えば、お父様も五月蠅くないでしょう! 通信はやめてください。どこに傍受されるか……」


 話したければ、ここへ来い、か。


 正妻の南乃みなみの詩央里しおりを見れば、小さくうなずいた。


「傍から見れば、亡命の準備か、東連の紐付きですね? いえ、明芳ミンファンを責めているわけではありませんが」


「ええ……。今回でお父様と会談をしたから、後は『どうしても会う必要がある』というタイミングでだけ」


 考え込んだ明芳ミンファンに、はっきり言う。


「会いたいのは山々だけど……。あとは、現地でいいんじゃないか? そのほうが分かりやすい! どうせ、お互いに準備を進めて状況が変わるのだし」


 息を吐いた彼女は、無言で頷いた。


 他の面々も異論はないようだ。



 明芳ミンファンは、別の話題に。


「重遠は、どのような立場に? あちらは階級社会で、現地の有力者に紹介されないと大変ですよ?」


「一応、エージェントを派遣して根回し中だ! 日本にいる、欧州で顔が利く人物にも会った。先にユニオンで爵位をもらえればなあと……」


 驚いた明芳ミンファンが、すぐ尋ねる。


「そちらに伝手があるのですか!?」


 俺は、室矢カレナを見た。


 察した明芳ミンファンは、得心がいった表情に……。



 カレナは大陸のお茶を飲みながら、明芳ミンファンに話しかける。


「私は公爵令嬢で、騎士しゃくだ……。男爵なら、『一代限り』と言えば何とかなるだろう。悪くても、ナイトにする」


「ああ……。公爵令嬢のお付きなら、インスタントでも貴族は貴族ですね! 下手に高い爵位のほうが目をつけられますし」


 逆に、カレナが問う。


「そういう、お主は?」


 ため息を吐いた明芳ミンファンが、自虐する。


「家系の長さと正当性、それに領地の大きさで言えば、れっきとした侯爵令嬢ですけど……。現地では、良くて子爵令嬢の扱いでしょう。おそらく、男爵令嬢と同じ」


「東洋人だからなあ……」


 同意したカレナ。


 不思議に思い、尋ねる。


「何で?」


「そもそも、爵位は国ごとに決めているだけ! メートル、グラムのような国際規格ではない」


 カレナの説明に、言い換える。


「ローカルルールなのか」


「まあな? 地続きのドイツ、フランスとか、それらと交流が深いユニオン辺りは『これぐらいの血筋で領地なら子爵?』のように、フワッとした判定だ」


 丸テーブルに肘をついた明芳ミンファンが、会話に加わる。


「欧州の貴族は、王族と公爵を除けば、だいたい親戚でしょう……。それに対し、地球の裏側にあるエリアは未開の地」


「爵位に応じた敬称はあれども、連中が認めるかどうかだ! それと、家名の前に『優雅なる剣尖けんせんの君~』のような呼び方があったりする。家や本人を示す紋章も多く、識別する紋章官がいたほど! 万が一、他と間違えたら、それで終わるからな? 戦場でも、敵味方の識別になった」


ひるがえって東洋の爵位は、それまでの身分を西洋風にスライドさせただけ……。かなり強引です! 先ほどの侯爵令嬢も、『総督の娘』が唯一の根拠」


 カレナと明芳ミンファンの会話で、俺たちも理解できた。


「はー! 面倒だな?」


「その本場に、私たちが行くのじゃ! 貴族の社交界だけで、これだぞ?」


 マジかよ!?


明芳ミンファンは準備を進めてくれ! 俺たちも、現地の留学先などを用意するから」


「分かりました! ところで、外務省のキャリアがいませんけど……。大丈夫ですか?」


 明芳ミンファンの疑問に、すぐ答える。


「置いてきた……。これからの戦いについてこられないからな?」


「そ、そうですか……」

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