第820話 2周目だから明芳の父親も出てきた

 広い個室でソファーに座りつつ、向き合う。


「初めまして! ……と言うべきですね?」


 満面の笑みを浮かべている傅 明芳(フゥー・ミンファン)に答える。


「うん、そうだろう……」


 初対面で、恋人と会ったような雰囲気。


 壁際で立つ護衛の列が、何とも言えない表情だ。

 地下トーナメントで戦いそうな面構えが宇宙ネコをすると、ジワジワくる。

 殺気は飛ばさず、むしろ気配を絶っているが……。



 この客間は、東アジア連合の大使館。

 VIP用とまではいかないが、そこそこのグレードらしい。


「意外に、赤色が少ないんだな?」


「紅をベースにした部屋もありますけど……。こちらのほうが落ち着くでしょう?」


 中華だがレッドを主体とせず、白や茶をベースとした大人の雰囲気。

 烏龍茶と菓子は、陶器を含めて大陸のものだ。


 当たり前といえば当たり前だが、高級品のお茶は美味い。

 次元が違う。

 ……値段もすごいけどな?


 明芳ミンファンのお付きである谷 巧玲(グゥー・チャオリン)も会釈。

 こちらは、口を挟まず。


 取り仕切っている明芳ミンファンが、話し出す。


「結論から申し上げます! 私もヨーロッパ留学に付き合いますので」


「意外だな? よく親を説得できたもんだ……」


 長い黒髪に、青い瞳。

 肌の白さと相まって、西洋人にしか見えない。


 俺の視線を感じたようで、明芳ミンファンは頬を赤くした。


「と、ともかく! それをお伝えしたく、ご招待いたしました」


「お招きいただき、誠にありがとうございます……。具体的には、どうするんだ?」


 質問したら、明芳ミンファンはサイドテーブルに置かれたリモコンをつかむ。


「お答えする前に……お父様が話をしたいそうです」


 …………


 ファッ!?


 今、何て言った?


「ですから、江呉(ヂィァンウー)の総督である父……傅 宗宪(フゥー・ツウォンシェン)が話したいと」


「あ! 急に用事を思い出した――」

 ブゥウウンッ


 大型モニターに、1人の上級将校らしき男。

 軍服の前には勲章が鱗のように。


 大陸語で何かを言っていたが、すぐに気づき、咳払い。


『私が傅 宗宪フゥー・ツウォンシェンだ! 室矢むろや重遠しげとおは、君か……』


「はい……。初めまして」


 何を言おう?


 2人でお見合いをしていたら、明芳ミンファンが明るい声で叫ぶ。


「お父様! 私のヨーロッパ留学を許していただき、嬉しく思います! 重遠と一緒に、現地の秘術を学んできますので」


『そうかそうか! ……チャン!(銃を!)』


 モニターに映っていない部分で両手が動き、シャカッと金属音。


 パンッ!


 あのですね?

 今、銃声らしき破裂音が……。


 軽いから、たぶん拳銃の。



 こちらに向き直った宗宪ツウォンシェンは、笑顔で娘に話す。


『まあ、室矢くんと生活させるわけではないが――』

「ウフフ! 現地で東洋人は珍しいから、仲は良くなるでしょうけど」


 違う方向を見た彼は、パンッ! という破裂音を5回ほど。


子弹ツーダン!(弾!)』

是的シーダ!(はい!)』


 傍にいる士官らしき人物が、何かを出した。


 宗宪ツウォンシェンの両手が動き、擦れるような音。

 シャキン! と、スライドが前後するような音も。


 さらに数発を撃った後で、ゴトッと拳銃を置いた。


 モニターに映っていないから、想像だけどね?



 こちらを見た宗宪ツウォンシェンは、俺に話しかける。


『室矢くん?』

「はいっ!」


 もう怖い。


『私は娘に留学を許した覚えはあっても、君との関係を許した覚えはない。……分かるね?』


「はい。あなたの許可なく、お嬢さんに手を出しません」


 大きくうなずいた宗宪ツウォンシェンは、話を続ける。


『よろしい! 現地で我々は肩身が狭いだろうし、「娘に近づくな!」とまでは言わん――』

「お父様? 嫌いになりますよ?」


 明芳ミンファンが、突っ込んだ。


 ひくついた顔の宗宪ツウォンシェンは、かろうじて威厳を保った。


『留学中に男女の関係になることは、許さない! そこは守ってくれ! あれもこれもでは、お前に出した留学の許可も取り下げるしかない。室矢くんとの関係は、改めて話し合おう』


「……分かりました」



 ごめん。


 怖すぎるから、他所でやってくれないか?

 俺を抜きにして。



 その願いも虚しく、明芳ミンファンが不思議そうに指摘する。


「ところで、お父様? 大事な会談中に射撃訓練とは、あまり感心しませんが?」


『ああ……。最近に、が手に入ってな?』


 俺の顔写真のような気がする。


 いや、流石にそれは――



 そういえば、さっきの対面で、すぐに俺を見たよな?


 いやいや!


 この場にいる男子は俺だけ――



 宗宪ツウォンシェンが、話しかけてくる。


『では、室矢くん? 名残惜しいが、次の予定があるので……』

「お疲れ様でした!」


 彼は気まずい表情で、別れの言葉を告げる。


『まあ、何だ……。君自身に撃ち込まなくて済むよう、頼むよ?』

 ブンッ


 大型モニターが、暗くなった。


 同時に、東連とうれんの支配者の1人も姿を消す。



 やっぱり、俺の顔写真に撃っていたじゃん……。



 たまに女子の相手をしないで済むと思ったら、コレだよ!?


 こんにちは、死亡フラグ!

 それも大陸風だよ!


「どうして、こうなった……」



 誰だよ?


 明芳ミンファンを巻き込もうと言ったバカは!?


 

 ――とことん面倒にしてやるさ!



 俺だよ!

 しかも、俺だけ困っている!!



「あああぁっ」


 思わず頭を抱えたら、心配した明芳ミンファンが近寄ってきた。


「大丈夫ですか!? 何かあるのなら、お父様に相談して――」

「い、いや! それには及ばない」


 そのお父様が、俺の命を狙っているんだよ!


 言いたいけど、言えない。



 壁際に立ったままの護衛は、誰もが優しい雰囲気だった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る