第819話 海の女神も誘ってみて誘われた

「そう……。あなたは、本当に自由ね?」


 港区の赤坂に並ぶ豪邸の1つ。

 南国風の白いアーバンリゾートハウスで、深堀ふかほりアイと向き合う。


 今は、一通りの事情を話した後だ。


 教室2つ分はありそうな応接間のソファーに座っているアイは、女子中学生のような姿でため息を吐いた。


 片手を自分のあごに当てつつ、文句を言う。


「酷い人……。私の正体を知りながら、死後に地球を去っていくの?」


 その声音は、聞いているだけで従いたくなるほど。

 

 異世界ファンタジーの美少女エルフといった風貌のアイが、また息を吐く。

 気分直しに紅茶を飲んだ後で、パンパンと手を叩いた。


 控えていたメイドが、音を立てずに近寄る。


「コーヒーをちょうだい! 濃い目のブラックで!」

かしこまりました」


 会釈したメイドが、近くにあるワゴンに手早く回収した。

 俺たちの注文も受け付けて、いったん去る。


重遠しげとおお兄さんの事情は、分かったわ! 手助けしたいのは山々だけど、『水平線の青(ホライズン・ブルー)』の象徴たる私が動くと、影響力がありすぎるのよ! 天使の扱いになっていて教会の重鎮が上にいるから、内部紛争の原因になりかねない」


「逆に、教会サイドが退くに退けなくなると……」


「ええ! どこかへの紹介状ぐらいは、何とか」


 アイの返事に、考える。


 彼女がいれば、絶対的なステータス。

 けれど、それだけに難しいか。


「俺たちの留学には参加しないと……。緊急時は、どうなんだ?」


 人差し指をあごに当てたアイは、次にねっとりした視線を向けた。


 色っぽい声音で、誘ってくる。


「そうねえ……。海があれば、どこにでも出現できるけど。私がそこまで助けるのなら、ご褒美をくれないと――」

「私より先にするつもりか?」


 室矢むろやカレナの声に、ぎくりとしたアイ。


 両手を向けて、すぐに言い訳。


「こ、この2周目では、まだかしら? 御免なさいね、カレナお姉さま」


「お主も行きたいのなら、海の一部を連れていけば、それで済むだろう?」


 ネタばらしで、アイはひっくり返った。


 後ろのソファーが受け止め、ポスッと鳴る。


「そーですねー! わざとらしく悲劇のヒロインを気取って、すみませんでした~!」


「お主が抜け駆けすれば、スティアも飛んでくるだろう?」


 気になった俺が見れば、カレナは手を振った。


「心配するな! スティアには、私が言っておく! 重遠が死んだ後に順番が回ってくると分かれば、大人しくなるだろう」

「そうね……」


 しみじみと同意したアイは、カレナに尋ねる。


「私とスティアは? エルピス号でモデリングした偽者なんて、嫌よ?」


 カレナが南乃みなみの詩央里しおりを見れば、うなずいた。


「それだけの働きをしてもらいますよ? この人生でも、宇宙の旅でも……」


「ええ! なら、この留学でもサポートするわ! 教会の天使としては動けないけど、宿泊先や移動手段の確保なら大丈夫! 私の名前を出せば、偉い人にも会えるはず」


 欧州には、私のプライベートジェットを使いなさい。


 そう締めくくったアイは、立ち上がった。


「今日は時間があるかしら? いい気分だわ……。今宵はパーティーにしましょう! 用意できるだけのご馳走を並べなさい!」



 コック帽のシェフが並び、見ただけで美味しいと分かる料理が切り分けられる。


 室矢家で都合がつく人間を呼び、高級ホテルの食べ放題のようなパーティーに参加した。

 満面の笑みの咲良さくらマルグリットを見つつ、俺も適当に選ぶ。


「重遠お兄さん? 少し、いいかしら?」

「ああ……」


 テーブルの1つで、向かい合う。


「聖ドゥニーヌ女学院にいる私のお友達とは……」


 食事をしながら、答える。


「これから留学だ……。関わる暇は――」

「ちょうどフィアがいるから、話しておきなさい」


 …………え?


「中等部3年の椙森・デュ・フェリシアです! ひ、久しぶりですね? フィアと呼んでください」


 アイに招かれたフェリシアは、料理が盛り付けられた皿を置いた後に会釈。

 彼女の隣に座った。


 彼女はアイの親友で、巨乳だ。

 つまり、マルグリットの姉妹。



「あ、ああ……。フィアは?」


 戸惑った彼女は、アイを見た。


「あなたが留学すると知って、お別れをしたいの! フィア? これでしばらく会えないし、時差で電話しにくいから、ゆっくり話しなさい」


「う、うん……」


 2人だけになって、沈黙。


「フィアは――」

 たゆん


「学校はどう――」

 たゆんたゆん


 巨乳が揺れて、そちらに気が取られる。


 両手で支えていたフェリシアは、顔を真っ赤にしたまま、上目遣いに。


「えっと……。な、夏の水着を買ったから、男子の目線でチェックしてくれませんか?」


 その時に、ブゥウウンッと、スマホが振動。


 断った後に見れば――


“これでお別れになりそうですし、相手をしてあげてください。今日はこのまま泊めてもらうので”


 詩央里からの扱いが、ぞんざいになってきた。


「じゃ、じゃあ! 食事が終わったら――」

「ご希望のメニューをお持ちしますので」


 いつの間にか、メイドがいた。


「あ、そうですか……」



 案内された個室でお互いに身繕いをして、フェリシアが脱ぐ。


 シュルシュルと落ちていき――


「ど、どうでしょう?」


「それ――」

「水着ですよ?」


 首筋まで赤いフェリシアは、開き直った。


 自分のバッグから、2つの衣装を手に取る。


「うちの制服とチアガールもありますけど? お好きですよね、室矢むろやさん。秋葉あきばでも、この2つのゲームをお買い上げでしたし」


 黙っていると、フェリシアは訴える。


「私……ゲームのキャラよりも魅力がないですか?」




 翌日の昼過ぎに、フェリシアと別れた。


 ピロートークで話したら、今生は無理でもエルピス号による宇宙の旅は参加したいそうで……。


 まさかとは思うが、この調子で女が増えていくのだろうか?

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