第818話 現地妻と娘もヨーロッパに殴り込み

「そうですか……。本来は、『動いてはならない』とのおきてです。しかし、室矢むろやさまが留学なさるのであれば――」

『私は反対だ!』


 和服を着た女子高生に見える人物が手をかざせば、渋い男の声で喋っていたドローンが凍りつき、ゴトンと落ちた。


 それを気にせず、雪女の六花りっかが話す。


「ヴォルとは離婚しております。しかし、娘の沙雪さゆきのことを考えれば、一度は父親の故郷を見せておくべきかと……」


 俺の隣にいる南乃みなみの詩央里しおりは、困惑している。

 かける言葉が見つからないようだ。

 

 室矢家の当主として、確認する。


「俺たちに余裕はない……。一緒にいる間で守るぐらいは可能だが、『ずっと傍にいてくれ』と言われても無理だ」


 首肯した六花は、同意する。


「存じております……。それでも、私は娘と行きたいのです」


 固い決意のようだ。


 すると、復活したドローンが空に浮かび、まくし立てる。


『六花……。あの時は本当に済まなかった! しかし、ここに来る危険性は分かっているだろう!? 正妻のベッティーナを刺激する! 私が手を回しても、彼女と傘下がどう動くか……』


 俺は、ストレートに確認する。


「何を狙ってきます?」


『……状況によるが、六花の命が危ないだろう。沙雪を監禁するか、こちらの有力者の嫁、あるいはめかけにされる恐れも』


 現地でつきっきりは、無理だ。

 なら、誰かを――


「私たちが動かせて現地で顔が利くとなれば、レティシエーヌしかおらんぞ? そのために、私のギアを持たせているのじゃ! ルナリアは気紛れだから、その意味では信用しないほうがいい」


 室矢むろやカレナは、あっけらかんと告げた。


「そうだな……。ヴォルさん? 六花さんは決意したので、こちらが知らないところで動かれるよりは……」


『ムムム……。そ、そうだな! 手筈はどうする? 正式に招待状を送るか、それとも現地で判断するか』


 気になった俺は、滞空しているドローンに向き直った。


「どちらも、一長一短ですね……。六花さんと沙雪は?」


「私は正面から行ったほうが、危険が少ないと思います」

「あたしは、どちらでもいいよ! 正直、よく分からないし……」


 気になった俺が、指摘する。


「六花さんは、堂々とヴォルさんに会う……。沙雪? お前はどういうスタンスで、父親と永遠の帝国(エーヴィヒカイト・ライヒ)に向き合う?」


 女子中学生というにも幼い容姿。

 もう1つのヴァンパイアの姿では、20歳ぐらいの美女になる。


 良いところ取りに見えるが、それだけではない。


 沙雪のデリケートな部分だが、ここではっきりしないと危険だ。

 現地では、永遠の帝国エーヴィヒカイト・ライヒの勢力とも戦う可能性が高い。


 それに――


 うつむいた沙雪に、全員の視線が集まった。


「あたしは……」


 辛そうに黙り込んだ沙雪に、その手を握る六花。


「答えたくなければ、別に――」

「いえ。この場で決めてくれ、沙雪!」


 六花はとがめる視線を送ってくる。

 しかし、彼女の問題だ。


 俺は、自分の意見を述べる。


「力を隠している余裕はないだろう? お前が子供のままでいれば、母親の六花さんも危険になる」


「うん……」


 同意した沙雪は、おずおずと言う。


「重遠は……どちらがいいの?」

「どちらも!」


 俺の返事で、沙雪はクスクスと笑い出した。


「飽きないよう、ロリと美女で交互に楽しむの?」


 世間から離れている、雪女の里。

 その六花の家に、弛緩した空気が流れた。


 忘れないうちにと、死後の予定も話しておく。


 驚いた面々は、かろうじて応じる。


「……そうですか」

『その発想はなかったな』


 沙雪は、俺をジッと見ている。


「あたしも、その外宇宙への旅に連れて行ってくれる?」

「いいぞ! ……御二人の意見は?」


 沙雪の両親は、悩み出した。


 やがて、六花が答える。


「娘が望むのなら……。あなた? これも1つの縁です! 私たちは会いに行きます。娘と話せる最後のチャンスでしょう」


『……分かった。私は今更、どうこう言えない。沙雪? せめて、私に成長した姿を見せておくれ』


 首肯した沙雪は、笑顔で応じる。


「うん! 分かった!!」


 ドローンに据えられたスマホの画面で、大きな顔文字。

 笑いを誘う光景ながらも、複雑な感情が窺える。


 こちらを見たまま、改まった口調に。


『私は、ヴォルフ・フュルスト・フォン・ハイネンブルク! 欧州のREUアールイーユーにある帝国で、ヴァンパイアの真祖だ。沙雪を……よろしく頼む』


「はい、こちらこそ」



 パンと手を合わせた六花は、陽気な声で宣言する。


「では、あなた? 永遠の帝国エーヴィヒカイト・ライヒとして、正式な招待状を! ドレスと宝飾品は、間に合いますか?」


『すぐに用意しよう……。そちらの日程に合わせる』


 打ち合わせを始めた夫婦に、移動しようかと立ち上がれば――


「あれ? どこへ行くの?」

「いや。ここにいたら迷惑かなと」


 沙雪につかまれた。


 首をかしげた美少女は、当たり前のように尋ねる。


「え? 婚約成立だから、このまま初夜だよね? どちらも楽しむって――」

「いや、詩央里たちがいるのに」


 …………


 さっきまで詩央里とカレナがいた場所には、誰もいなかった。


「里で婚礼をします! ……みんな! 準備なさい!」

「「「はーい!」」」


 家の外に張りついていた雪女のグループが、一斉に答えた。

 ドタドタと、立ち去る。


 六花とヴォルも……。


 

 残った沙雪が、顔を赤くしたまま、近づいてきた。


「じゃ、今の姿からで……」

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