第817話 2周遅れになった原作の主人公

「……見損なったぞ!」

「いきなりだな?」


 原作の歴史が、また1ページ。


 そう言いたくなる勢いで、【花月怪奇譚かげつかいきたん】の主人公が吠えた。


 鍛治川かじかわ航基こうきは、詰め寄ってきた。

 片手で制しながら、言い返す。


「何に怒っている? お前には関係ない――」

「そこにいる金髪の女子が、咲良さくらだろ?」


 1周目で航基に迷惑をかけられた咲良マルグリットは、ドン引きだ。

 俺の後ろへ。


 背中に押しつけられるデカパイを感じつつ、航基と向き合う。


「だったら、何だ?」

「なぜ、今日の1-Aに出席させなかった!? 彼女はお前の所有物じゃないんだぞ!」


 面倒に感じて、思わず銀のダガーであるリジェクト・ブレードを出現させようとしたが――


 こいつは、隊長格まで成長するんだよなあ?


 俺たちは海外にいるから、不在の日本で戦力が欲しい。


 …………


 ヨシッ!


「お前は、俺が気に食わないんだろ?」


 ズバリ指摘されたことで、航基が怯んだ。


「お、俺はただ――」

「弱い流派に存在価値はない! 加えて、俺は室矢むろや家を続けていくから、お前に女を恵んでやる気もないぞ?」


 怒気を強めた航基だが、今の俺には子猫が毛を逆立てた感じ。


「だから、女子をモノ扱いするなと――」

「御託はいらん! 変に正義を気取らず、俺より強いと証明してみろ」


 少し落ち着いた航基が、確認する。


「お前を倒せば、詩央里しおりや咲良を解放するんだな?」

「彼女たちの意思を尊重しよう」


 大きくうなずいた航基は、改めて尋ねる。


「いつ?」


「次の異界での合同ミッションだ! お前の都合に合わせる気はない」



 ◇ ◇ ◇



 異界となった廃墟の中で、鍛治川航基と対決した。


 立会人は、南乃みなみの詩央里、咲良マルグリット。

 義妹の室矢カレナも。



「五の型! 三打――」

 

 鍛治川流の技名を言いかけた航基に近づき、足を払いながら上体を引き倒した。

 ダァアンッ! と叩きつけられる。


「ガッ! ヒュウオオッ……。ゴホッ!」


 背中から落としたが、瞬間的に呼吸が止まったようだ。

 苦しそうな顔で、新たな酸素を求めた。


 実戦だと、こういった崩しで必要十分。


「お前さあ……。いくら流派の型だからって、力を溜め続けて敵の正面から殴るだけは止めろ」

「う、うるさい……」


 立ち上がりつつ反論するも、これで10回は繰り返した。

 霊力で身体強化をしていようが、そろそろ骨が折れそう。


 その時に、場違いな明るい声。


「お兄様ー!」

「「「わ――い♪」」」


 千陣せんじん夕花梨ゆかりだ。

 式神のグループも一緒。

 クラスの女子といった集団が、俺を応援している。


 千陣流で根回しをするんじゃないのか?



 フラフラの航基は、それでも両腕を上げた。


「お前は……。まだ女を増やしているのか?」


 答えずに、自然体の構え。

 俺はカウンター主体だから、むしろ脱力する。


 その雰囲気を感じ取った航基は、怒りに身を任せての突撃。

 これまでより鋭いパンチ。


 初めて普通に攻撃してきたことで、片腕で外側へ逸らす。

 反対側のこぶしも。


 相手の突進を活かして、円を描く両腕で誘導するように回転させる。

 その際に、両足を決めることで投げっぱなしに。


 今までとは比較にならない衝突音で、一回転した航基が背中から叩きつけられた。


「グッ!?」


 そのまま失神。


 ぐったりした奴は、千陣流のエージェントに担架で運ばれた。


「はい、終わり……」



 ◇ ◇ ◇



 目を覚ました鍛治川航基は、病院のベッドに寝ていることに気づく。


 上体を起こし、内廊下にいたスタッフに声をかけた。



 ――15分後


 女子中学生とは思えない、気品ある姫君。

 ハイブランドの私服をまとった千陣夕花梨だ。


 その周りには、JCの夕花梨シリーズ。

 けれども、原作の主人公らしい、ハーレム展開にあらず……。


 命の危険を感じる低い声で、夕花梨が宣言する。


「私は千陣夕花梨です……。千陣流の宗家の人間ゆえ、発言には注意なさい」

「お前も重遠しげとおに騙され――」


 夕花梨シリーズの数人に権能の糸で編まれた刀を突きつけられ、航基は口を閉じた。

 その移動は全く分からず、命を絶たれる寸前に……。


 広げた扇子で口元を隠しつつ、夕花梨は告げる。


「二度は言わぬ……。室矢重遠は、私のお兄様です。廃嫡されようが、それを侮辱するは千陣家を笑うと心得よ!」


 扇子を下ろした夕花梨が、続きを述べる。


「この病院は千陣流の傘下です。私が、今回の治療費と得られるはずだった生活費を払いましょう。しかし、お前が問題を大きくすれば、その命はないぞ? これは脅しではない」


 少しずつ、扇子を閉じていく。


「お兄様は、『お前にその気があれば、また相手をする』と申しております。せいぜい感謝するように」


 くるりと背を向けた夕花梨。

 航基に張りついていた数人も、武器を下げて離れた。


 けれども、航基は叫ぶ。


「あいつは……詩央里や咲良を囲い、好き放題にしている! 兄だと言うのなら、それをとがめるべきだろ!?」


 殺気を出した女子グループは、夕花梨の動きで止められた。


 振り返った夕花梨は、平然と告げる。


「それが、どうかしました?」


 絶句した航基に、笑顔の夕花梨がトドメを刺す。


「お兄様は、それが許される立場です。たとえば、ここにいる者たちを並べて交互に楽しもうと……。お前のような半端者と一緒にするな! 本来なら、私と話すことも叶わぬ身。これからは、詩央里と話す機会もないでしょう。しかし、その記憶による妄想で自分を慰める権利はありますよ? ネットの動画で、似ている女優を探しなさい」


 思考停止に陥った航基は、立ち去る夕花梨と一行をただ見送った。


 早くに夕花梨が出てくれば、原作の主人公は殺されないだけでありがたい立場だ。

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