第815話 二度揚げして美味しさアップの夕花梨

「大変だ、詩央里しおり!」


 呆れたような顔で、南乃みなみの詩央里が振り向いた。


「はい、何ですか?」


「ベルス女学校の騒ぎを知って、夕花梨ゆかりが来そうだ! あいつには1周目の記憶を入れなくていいか? 何だか怖い!」


 はあーっと、大きく息を吐いた詩央里が諭してくる。


「若さま……。お気持ちは痛いほど分かりますが……。それだと、千陣せんじん流を押さえられません! だいたい、四大流派を1周目とは違うRTA(リアル・タイムアタック)で攻略するのなら、夕花梨の協力が必要ですよ?」


「だよねえ……」


 ここで、ポテチを齧った室矢むろやカレナが、残酷な事実を教える。


「もう入れておいたぞ? 私たちの目的も……。時間がないのだろう?」


 詩央里と一緒に、サクサクと食べ続けるカレナを見つめた。


 すると――



「唐揚げは、二度揚げに限るわ!」



 京都の本拠地で、親の声より聴いた声。

 見れば、詩央里も驚いた顔だ。


 後ろから聞こえてくる女子の声が、俺の耳を二度揚げする。


「1周目の私が低めの中温とすれば、2周目の私は高温ね!」


 これに、同じく聞き覚えがある女子グループの声。


「外はカリッと揚がりつつも、中はジューシーでございます」

「唐揚げ、食べたいな……」

「いいわよ!」


「「「わ~い!」」」


 俺の後ろに立ったまま、唐揚げを食べ始める女子グループ。

 他所でやれ、他所で……。


 ソファーに座ったまま、後ろを振り向く。


「夕花梨だな? 勝手に入ってくるのは――」

「食らえ♪」


 顔にベシッと、折り畳まれた和紙が当たった感触。


 ポトッと落ちた物体を見れば、古風な墨の文字が躍る白い手紙だ。


「お前さあ……。いくら自分の父親といっても、宗家が直筆した手紙で遊ぶのは止めろよ?」


 顔を上げれば、ニコニコしている千陣夕花梨。


 お淑やかで、正統派の美少女。

 黒髪ロングに琥珀こはく色が2つ。


 千陣流の未来を背負っている千陣家の長女だ。

 面構えが違う。

 御宗家のお手紙は、こいつが投げつけたせいで床に落ちたけどさ?


 その手紙を拾いながら、尋ねる。


「で、用件は? だいたい想像できるけど」


 首肯した夕花梨が、端的に告げる。


「ええ! ベル女で陸上防衛軍と対峙した件での召喚よ!」


 破らないよう注意しつつ、広げる。


「急ぎか?」


「早いほうがいいわね! 私も根回しをするけど、遅れれば心証が悪くなるわよ?」


 達筆の文字を流し読みで、詩央里に渡す。


「魔王の件を含めて、話したいんだよなあ……。できれば、四大流派の他を押さえた後で当主会に出たい。俺が説明しなければ、どうこじれるやら」


 真剣な顔の夕花梨が、袖から扇子を出した。

 両手で優雅にパタパタと開き、片手に持ち替えつつ、口元を隠す。


「先代の無念を晴らすことで、自分と室矢家を認めさせると?」


「そうだ……。夕花梨! 今の俺は国内ではなく、海外を見ているんだ。これぐらいはやってもらわなければ、困る」


 ふうっと息を吐いた夕花梨は、開いたままの扇子を下ろした。


 パチパチと閉じながら、応じる。


「承知いたしました……。ただし、『お兄様が千陣家に来て説明する』という時間稼ぎだけ! 『当主会に出る』と言えば、十家が暗殺してくる恐れがありますので」


「その心は?」


「当主会の日程をお知らせしますから、お兄様が乗り込んでくださいな」


 全員の視線が、俺に集まった。


 夕花梨は腕を組み、淡々と説明する。


「私が泰生たいせいと殺し合いをする事態は避けなければなりません。当主会に出ることは、十家の誰もが反対するでしょう」


「まあ、そうだろうな? 奴らが恐れているのは、宗家が俺を後継者に指名し直すことだ! それ以外にも、当主会で親父が宣言すれば、千陣流の決定になってしまう」


 うなずいた夕花梨は、ジッと俺を見る。


「ハイハイ……。自分で当主会に乗り込むよ! 夕花梨の立場が危うくなれば、混乱するだけでは済まない」


「申し訳ございません……」


 深々と頭を下げた夕花梨は、ゆっくりと戻る。


 そして、雰囲気が変わった。


「私もヨーロッパに――」

「頭大丈夫か? 無理に決まっている! お前自身が千陣流の未来なんだよ!」


 いい年をした夕花梨が、駄々をこねる。


「え~!? 行きたい、行きたい! 本場のお菓子を食べて、ドレスを着たい!」

「いや。無理ですよ……」


 詩央里のツッコミも、聞こえていないようだ。


 騒ぎ出した夕花梨に対して、式神の1人である如月きさらぎが動く。


「どうぞ……。二度揚げの唐揚げでございます。醤油とねぎソースです」

「ありがと」


 差し出された容器で、唐揚げを食べる。


 言うだけあって、冷めても美味しい。



 女子中学生にしか見えない夕花梨シリーズと唐揚げを食べつつ、騒ぎ立てる夕花梨を眺める。


「千陣流は最後だな! 他の3つ……正確には2つを黙らせておく」


「重遠さまの実力は疑っておりませんが、お早めにお願いいたします」


 如月は、スッと頭を下げた。


「そっちも留守番だぞ? 夕花梨を頼む」

「お任せください。……留学する方々は?」


「正妻の詩央里は固定だが……。南乃家が五月蠅いだろう」

「はい……」


 同意しただけで、何も言わない如月。


 俺と詩央里の問題だからな……。


「室矢家とは別で、ヨーロッパに縁がある奴も」


 如月の思い詰めたような表情を見て、慰める。


「心配するな! 2周目の俺は無敵だ。土産話を期待していろ」


 無理に笑顔を作った如月が応じる。


「はい!」



「やだやだやだー!」


 夕花梨の声が、その雰囲気を台無しに……。

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