第813話 ユーヅェルマイヤー辺境伯の強化魔法(後編)【カレナside】
かつてのドイツで、その辺境伯領。
血生臭い政治闘争が終わった後。
当主から譲り受けた城の広間で、新たな城主となったカレナは上座にいる。
血まみれで倒れ伏した兵士に、他の面々がいきり立つ。
「こいつ!」
「切り刻んで――」
当主の椅子に座っているカレナは、退屈そうに片目を閉じた。
「つまらぬ!
慌てて武器を構えようとした奴らは、手を伸ばせば届く距離であるのに、少女が命じたよう、見えない刃で細切れ。
次の瞬間に、騎士が裂帛の気合と共に踏み込んできた。
けれど、重力が増えたかのように倒れ込む。
かろうじて頭を上げた騎士は、すぐに叫ぶ。
「待て! 私は――」
倒れた騎士は、見えない壁でプレスされたように圧し潰された。
その時に、別の一団。
カレナは視線を向けたが、慌てる様子はない。
「今度は、教会の者か……」
けれど、一介の司祭とは思えぬ、煌びやかな衣装だ。
数名のお付きも。
その男は、新たな騎士団をバックに告げる。
「あなたは?」
「知って、どうする?」
抜剣した騎士が、散開した。
上座にいるカレナを逃がさないための布陣だ。
高位の聖職者らしき男は、
「ユーヅェルマイヤー辺境伯は、悪魔に魂を売りました! ですが、ここにいるあなたまで、その
「要点だけ、言え」
カレナの突っ込みに、男は仕切り直す。
「お見受けしたところ、いずれかの貴族の方ですね? 恥とならぬよう家名を言わぬことは、大目に見ます。しかし、ユーヅェルマイヤー辺境伯との関係が疑われるため、ただ帰すわけにも参りません」
「何を差し出せと? ここに倒れている者を見れば、私がやったと分かるだろう? 異端と断言しないのか?」
カレナの物言いに鼻白んだ男は、気を取り直した。
「では、言いましょう! ユーヅェルマイヤー辺境伯が扱っていた『強化』は、どこに? それを話してくれれば、我々の協力者として扱います。……あなたが異能者なら、その知識でも構いません」
「周辺を焚きつけての狙いは、それか! 知らぬと言ったら?」
ジロジロと少女を見た男は、
「本来なら、異端としての責め苦ですが……。喜びなさい! 院の1つに入ってもらいます。その容姿に産んでくれた両親に感謝すると良い」
つまり、そういうことだ。
唾を吐き捨てたカレナは、はっきり言う。
「貴様らの専用か?」
「言葉に気をつけなさい! あなたを異端審問にかけても?」
言い放った男は、すぐにフォローする。
「そのドレス、お似合いですよ? 用意した者は、『せめて有象無象の手にかからず、同じ貴族のような者に保護してもらえば』と考えたのでしょう。どなたかは存じませんが、素晴らしい方ですね! その心配りを無下にしてはなりませんよ?」
プレッシャーをかけた男に、騎士団も同調。
改めて、その刃を向ける。
呆れたカレナは、無数の切っ先に構わず、嘆息した。
「やれやれ……。ユーヅェルマイヤーの強化魔法と私で、一石二鳥か? いや、この城と財宝で、4つだな? 爵位を含めれば、5つか」
「フフフ……。そろそろ、返事を――」
「報告します! 宝物庫は、何も残っておりません!」
「隠し部屋では、書物もなく!」
駆けこんだ騎士の叫びで、男は顔色を変えた。
「何!? そんなわけが――」
「時間はなく、あらかた入手できるはず」
カレナの指摘に、全員がそちらを見た。
「残念だったな? 何の成果もなければ、集まった軍勢も黙っておらん! それに、お前の扱いがどうなるやら? どこへ左遷されるかな?」
言い終わったカレナは、椅子にふんぞり返って、クスクスと笑った。
雰囲気を変えた男が、冷淡に告げる。
「何か知っていますね? では、お望み通り、審問をして差し上げ――」
いきなり、広間が真っ暗に。
混乱する面々は、カレナの助言を聞く。
「灯りはつけないほうが、いいぞ? 手探りで、城の外へ出ろ」
それっきり、気配が消えた。
「逃がすな!」
「松明は?」
「はい。ここに!」
「ええい! あの娘は、絶対に逃がすな!」
カレナの忠告は、本人が逃げるための時間稼ぎ。
誰もが、そう考えた。
何も見えない暗闇の中で、誰かが火をつけようと、発火する物体を擦ったら――
「おー! 派手な爆発だ! さすが、ユーヅェルマイヤーの強化魔法……。事象改変として、一級品だ」
外の高台に立つカレナは、内部から吹き飛ぶ城を見ていた。
爆発しやすい状態にしたうえで、助かるチャンスは与えたのだが……。
「私の城だ! 貴様らにくれてやるから、好きにしろ! すでに瓦礫だがな?」
独白した少女は、煙のように消え失せた。
集まった軍勢は、周辺を荒らしつつの撤退。
ともあれ、空白地帯はすぐに埋まり、新たな辺境伯が誕生した。
時代は流れ、貴族が上に立つ時代でなくなった。
表向きは……。
ユーヅェルマイヤー辺境伯は、貴族を知る者だけが、まだ覚えている。
そして、魔術に造詣が深い者も。
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