第811話 REUで魔術師の名門だった悠月家

私共わたくしども室矢むろや家……と言いますか、重遠しげとおさんをキープする形です。ヨーロッパ留学がなければ、すぐにでも明夜音あやねさんと初夜をさせたいのですが……」


 言葉を切った悠月ゆづき五夜いつよは、対面で優雅に座ったまま、俺を見た。


 無言の圧力……。


 それでも、首を横に振った。


「留学の準備は、すでに始まっています。悠月さんの頼みでも、止めるわけにはいきません」


 ため息を吐いた五夜は、腕を組んだ。


「1周目で申し上げたはず……。あなたを推薦した後に『外国へ亡命しました』となれば、私だけではなく、悠月家が終わります! 秘密結社の“Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)” も……。表の悠月グループは他が代行しますし、真牙しんが流の心配もしておりませんが」


 これだけ怒った五夜は、1周目にない。


 彼女は、さらに説得。


「あなたの体に融合している物……。その価値も、お考えになってください! ユニオンが知れば、いかなる手段を用いても回収しますよ? それは結論ありきで、話し合いができるとは思わないように!」


 魔術師マルジンの杖は、ユニオンの秘宝だ。

 俺を構成する一部で、知られれば、比喩ではなくバラされる。


 1周目を振り返っていたら、室矢カレナが取り成す。


「もう良いだろう、五夜? ユニオンは、私の庭だ! お主の不安は分からんでもないが、重遠に八つ当たりをするのは止めろ! ……重遠をキープして、欧州から無事に帰国した時点での美味しいところ取りは認めよう。魔術師となれば、その居場所も必要じゃ!」


 そこまで譲歩するから、これ以上は言うな!


 カレナの宣言で、五夜は口を閉じた。


 今度は逆に、カレナが指摘する。


「重遠の狙いは、もう説明したはず。室矢家は日本の四大流派として初めて、ヨーロッパに殴り込みだ! 『お主らもついてこい』とは言わぬが……。なあ、五夜? 怖いか?」


 優しい問いかけで、彼女はビクッと動揺した。


 構わずに、カレナが諭す。


「私はお主の先祖と会い、色々な話をしたのじゃ! ドイツからの脱出でも、多少の力を貸した。それを返せとは言わぬが……。迷っているのだろう? これが最初で最後のチャンスだからな、里帰りの」


「それは……」


 五夜は、膝の上に置いた手を握りしめた。


 幼い少女のカレナが、圧倒している。

 日本経済と四大流派の1つを動かす悠月五夜を……。


 まるで少女のように、五夜の肩が震える。


「今更……」


「どんな顔をして、故郷の土を踏めば……」


「捨ててきた……。領地も民も……。代々の積み重ねも……」


「由緒正しい魔法使いの立場を……」


「爵位と家名も……」


 慟哭どうこくした五夜は、両手で顔を覆った。


「残った魔術師と貴族たちは、絶対に許しません! かつて教会を中心に行われた魔女狩りから逃げるように捨て去り、この日本へ逃げ延びた私たちを……」


 対するカレナは、嘆息した。


「あやつらの視点では、裏切者だろうな? しかし、重遠はヨーロッパへ行くぞ? 五夜……。こう考えたら、どうじゃ? 日本の悠月家は、室矢重遠という本物の魔術師を迎えた。その実力は、誰を相手にしても引けを取らず……。それを証明しに行くのだ!」


 顔を上げた五夜は、カレナを見つめる。


 カレナは、目を逸らさず。


「今となっては、どうせ他所の話じゃ! 暴れて出禁になろうが、たいして困らん! 嫌なら二度と行かなければ、それでいい」


 自らのルーツで揺れていた五夜は、観光旅行で羽目を外すような発言に、ポカンと口を開けた。


 次に、クスクスと笑い出す。


「そうですね。感傷的になり過ぎました……。重遠さん?」


 泣き笑いの五夜は、俺のほうをジッと見た。


 首肯した後で、宣言する。


「はい! せっかくの機会です。悠月さんに見てもらえないのは、寂しいですね?」


 肩の力を抜いた五夜は、自然な笑顔に。


「ええ……。私と娘も同行します。現地の社交会に顔を出して、故郷に足を運びつつも、重遠さんの勇姿を見るために。ですから……」



 ――悠月家を賭けることは、くれぐれもお忘れにならないよう



 1周目になかったイベント。

 『悠月家のルーツと新たな目標』が始まった。


 五夜の横に座っていた少女が、待ちかねたように話し出す。


「では、私の初夜に!? いつですか? いつですか? やっぱり、あのバレを使いますよね? 私も、いよいよ宇宙に――」

 ガシッ


 片手で娘の頭をつかんだ五夜は、怖い笑顔のままで叱る。


「明夜音さん? 別の自分が蕩けたからと、はしたない言動はお止しになって? そ・れ・に! 今は、とても大事な話をしています」


 ギリギリと握られる指で、悠月明夜音の頭にダメージ。


「はい゛、お母さま゛……。申し訳あ゛りません」


 ようやく手が離れ、明夜音は助かった。


 座ったままでフラフラする彼女に対し、五夜はこちらを見た。


「違う世界の自分を知り、混乱したようです……。このような娘ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


「オネガイ、イタシマス」


 条件反射で、フラフラした明夜音も会釈。


 五夜を若返らせたような、赤紫の瞳と黒髪ロングである女子とは、このような出会いに。


 このまま連れて行ったら、色欲により、サキュバスと判定されそう。

 俺とセットにすれば、バランスが取れる?

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