第809話 人による向き不向き

「ゲストハウスの食堂に、数人分! 室矢むろやくんの好みを知らないから、頼んでくれる?」


 羽切はぎりあかりに渡されたスマホに指を当てて、スッスッと動かす。


「じゃあ、これと……これで!」


 メイン料理と付け合わせを選び、灯に返した。


「オッケー! ディナーの準備は、これで終わりっと……。2年のエリアに結界を張るんだっけ? よろしく♪」




 ――1時間後


 銀のダガーで術式を刻んでいき、3年エリアへ追い込んでいく。


 それを見ていた羽切灯が、不思議そうに尋ねる。


「追い込むのは分かったけど……。3年生は、放っておいていいの?」


 何かあったら、責任を問われるよ? と言いたそうな灯に、答える。


「その時は、その時です! 逆に言えば、3年エリアは無事だから……。俺が行くと、逆に暴れ出しますよ? たぶん」


「ああ、そういう事……。言われてみれば、そうね! 念のために、連絡しても?」


 灯の問いかけに、首肯する。


「いいですよ? どうせ、何かあれば、急行するわけですし」


 うなずいた灯は、自分のスマホを弄る。


「あとは……。サオリンを拾うか!」




 ――ベルス女学校の樫之かしの分屯地


 陸上防衛軍の所有で、生徒だろうが、部外者は立ち入れない。

 こちらは親マギクス派ゆえ、隣の館黒たちくろ駐屯地とは違う。



「お疲れ様です!」

「ご苦労様です」


 敬礼されたので、会釈。

 そのまま、フリーパスで入った。


 呆然とした羽切灯も、IDの提示で、見学を許可された。



 小走りでやってきた灯が、驚いた表情を隠さず、質問。


「どうして、入れたの!? ここ、ベル女の生徒でも――」

「今の俺は一般人ではなく、悠月ゆづき家のY機関に所属しています。だから、『少佐』待遇……」


 ほえー! と言いそうな灯と一緒に、高等部2年の主席補佐である雪野ゆきの紗織さおりを探す。


 どうやら、室内用のキリングハウスで、突入の訓練らしい。




 ビ――ッ!


 ブザー音と共に、紗織が動き出す。


 移動する壁で仕切られた、巨大迷路。

 天井はなく、採点用のカメラと、上を歩くためのキャットウォーク。


 ハンドガンを構えた紗織は、1人だけ。


 内廊下を歩き、ドアの横に張りついた。

 片手で開きつつ、銃口と視線が同じのまま、室内のターゲットを次々に撃つ。


 パアンッ! という音で、空薬莢からやっきょうが飛び出ていることから、実弾だ。

 魔法の発動体であるバレではない。



 俺たちはモニタールームで、その映像を見ている。


「やっぱり、上手いわねー!」


 感嘆する羽切灯に、俺は息を吐いた。


 ああ、うん。

 技術は、たいしたものだ……。



 最後までクリアリングした紗織は、人差し指を遠ざけて、腰のホルスターへ。


 画面ですら、大きく脱力したことが分かる。




 ――15分後


 俺たちが訪れたと知り、慌ててシャワーを浴びた雪野紗織を迎える。


「そこまで急がなくても……」


 しっとりした紗織は、笑顔を作った。


「ううん! 待たせたら、悪いし……。さっきの突入、見てた?」


「見ました! 他の人たちの邪魔になるから、ゲストハウスへ行きましょう」




 ――男子用のゲストハウス


「「かんぱーい!」」


 姦しい女子2人と、食卓を囲む。

 パーティー料理が並び、SNSにアップしたら、いいね! がもらえそう。


 会話に困らず、食事を終えた。

 広いラウンジへ移動して、大型モニターで海中を映し出しながら、思い思いに過ごす。


 

 目の前に、俺の生徒手帳がある。


 顔を上げれば、雪野紗織が差し出していた。


「あの……。これ……」


 珍しく、弱々しい声。


 とりあえず、受け取る。


「ありがとうございます……。えーと、陸防の第44戦闘団が攻めてきた時に、預けたものでしたっけ?」


「うん……」


 紗織は、首肯した。



 制服のポケットに手を突っ込み、触ったものを渡したはず。


 思い出していたら、紗織がしみじみと言う。


「私が冷静だったら――」

「あの場では最善! おかげで、ベル女の生徒たちが妥協して、俺の頑張りが無になる未来は避けられましたよ? 慌てて人を撃つ練習をしても、あまり意味はないです」


 どれだけ上達しても、訓練用のターゲットは人じゃない。


 それを聞いた紗織は、うつむいた。


 本人も、よく分かっているのだろう。


「室矢くんは……人を殺せるの?」


「必要とあれば! だけど、雪野先輩に同じことをしろとも、目指せとも、言いません。俺には目的があるし、第44戦闘団との対峙で、もはや普通の生活はできず。……自発的にやったことだから、ベル女に恩を売るつもりはありません」


 聞き役だった羽切灯が、息を吐いた。


「君は強いねー! 年下とは思えないや……。サオリン! ここで自分を追い込んでも、仕方ないよ? 人が撃てないのなら、それに見合った進路を選べば、いいのだし」


「うん……」



 ピロロロ♪



 呼び出しの音が、ラウンジに響いた。


 動こうとした女子2人を制し、壁のインターホンへ。


 そこには――


『あ、あの! 天ヶ瀬です! 実はですね! えっと……。わ、私も……。い、いえ! 何でもないですううぅううっ!』


 言いかけて、真っ赤になった天ヶ瀬うららが、逃げていった。


 ここを去る前に、彼女と話しておく必要があるだろう。

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