第807話 2周目の彼女は自分と向き合う

 上体を起こした新井あらい実果みかは、就寝時のオレンジ光が足元の付近にあるのを見た。


 時刻は、朝の6時。


 顔を赤くしたまま、両手で自分をまさぐり、ガバッと上掛けを外した。

 暗がりで、シーツを触る。



「手を出されなかった……」



 ため息を吐いた実果は、隣で寝ている室矢むろや重遠しげとおを見る。

 ジト目だ。


「分からなかった……じゃないよね?」


 監視というだけで、添い寝はしない。

 自分が誘うのも、嫌だ。


 咲良さくらマルグリットは抱いたようだから、男好きや不能ではない。


 胸か?

 やはり、胸なのか?


 敗北感に打ちのめされた実果は、いそいそと、ベッドから降りた。


 いつもシャワーを浴びるが、今は重遠が寝ている――


「別の部屋で、浴びよう……」


 すぐにシャワーが必要なようだ。


 色っぽい吐息を残して、実果はゲストハウスの個室を出た。



 シャワーを浴びながら、つぶやく。


『重遠は、ヨーロッパに行くんだ……』


 昨日は、帰ってくると言ったが。


 有力な御家の当主が海を越えるのは、前代未聞だ。

 本人が望んでも、帰ってこられない状態に?


 殺害を含めた死亡。

 もしくは、現地のいずれかの勢力に取り込まれる。


『本当は、行って欲しくないけど……。私が一緒についていくわけにも……』


 そもそも、自分がいたから、何だ?

 日本を出る気もないし。


 彼女や婚約者でもない。


『はあっ……。重遠がいる間に、次の順番、回ってくるかなあ?』


 こんな事なら、昨晩にハッキリと誘ったほうが良かったかも。


『…………気分転換しよ』


 実果は、シャワーの水量を上げた。



 ◇ ◇ ◇



 目が覚めた。


 朝食は、昨日の残りと、手早く茹でたパスタ。

 オリーブオイルと、ベーコン。

 塩こしょうで、手際よく味付け。


 新井実果は、料理部と言うだけあって、上手い。

 だが、妙にソワソワした感じだ。


「何かあった?」

「い、いえ! 何も!」


 後ろめたそうな実果は、顔を赤くしたまま、逸らした。


「そ、そういえば! 次の監視役だけど!! 月乃つきのになるから!」

「分かった……。ああ、そうだ!」


 俺のセリフに、実果が顔を戻した。


「何?」


「出発までは、ドタバタするけど……。日本に戻ってきたら、ちゃんと相手をする――」

「本当!?」


 妙に、食いつきがいい。


「その代わり、昨晩のことは秘密にしてくれ! 誰にも、とは言わないけど。SNSで言い触らすとかは、ね?」


「えっと……。ベル女の信用できる人には話していいけど、世間に広く伝えることはダメって感じ?」


「そうそう! 昨晩も言ったが、今知られてもジョークとしか思われない。ただ、四大流派が警戒するレベルは困る」




 ――1年エリアの校舎 主席ルーム


 ここの主である時翼ときつばさ月乃が、うなずいた。


「ん……。逃げた危険生物を追い込むため、段階的に封鎖していくんだね? それで、重遠が持っている銀のダガーで術式を刻んでいき、最終的には駆除すると」


「その理解で合っている! 施設を破壊するが、勘弁してくれ」


 パタパタと手を振った月乃は、笑顔だ。


「いいよ、それぐらい! この前の陸防と比べれば、たいした事じゃないよ! 魔術はからっきしで、お任せするしかない。……修復はこちらでやるけど、その術式は?」


「危険生物を仕留めたら、無力化しておく。後片付けは、気にせずやってくれて構わない」


 了解と答えた月乃は、自分の片腕である新井実果を見た。


「お疲れ、実果! ……どうだった?」


 ニヤニヤした月乃に、実果は堂々と応じる。


「うん。色々と話せて、楽しかった!」


 思わぬ反応だったのか、月乃は驚いた顔に。

 いっぽう、昨日より、少しだけ自信を持ったような実果。


 ともあれ、遊びではない。


 引継ぎにより、1年主席の月乃が付き添うことに……。



 2人で歩きつつ、結界を張るように、銀のダガーであるリジェクト・ブレードでガリガリと削っていく。


 器物損壊だが、時間をかけるほうが悪手。


 

「先に言っておくけど……。と話し合った末に、ボクも2周目になった! まだ混乱しているけど、ボクも卒業後にどうするのかで悩んでいたから……。重遠がいる室矢家に加わりたい。どうかな?」


詩央里しおりの判断によるが……。俺たちは欧州に行くから、それ次第だな」


 悩ましい顔の月乃は、本音を告げる。


「ボクは、海外移住をする気はない! 重遠たちが外国で骨を埋める気なら、お別れだね……。メグは、連れていくのかい?」


「未定だが、そのつもりだ! ウチの最大戦力のうえ、西洋人の姿だから、現地で動きやすい」


 月乃が寂しそうに、首肯した。


「せいぜい、寝取られないようにね? ボクはベル女から出ると危険だから、ここで待っているよ」


 気になった俺は、ストレートに尋ねる。


「メグとは、本当に大丈夫か?」


 息を吐いた月乃は、俺の顔を見た。


「色々と複雑だけど……。周囲の手前、いきなり仲良くするのもマズいし」


「これまで、お前が絡んでいたからなあ……。メグのほうは?」


 苦笑した月乃は、首を横に振る。


「あっちは、ケロッとしている! まあ、ボクが悪かったのだし……」


「お前は、知らなかったんだ。気に病むな! 実果にも言ったが、日本に戻ってきたら一緒に稽古する時間も取れるだろう」


 その励ましで、月乃はようやく笑顔になった。



 月乃が心の整理をつけるためには、時間が必要だろう。

 留学をしている間に、落ち着いてくれれば……。


 メグとの学園生活が、一番だ。

 しかし、こちらに余裕はない。

 寝ている間にも警戒するヨーロッパでは、戦力が必要不可欠。


 そろそろ、具体的なメンバーを考えていかないとな。

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