第806話 正史では存在感がなかったヒロインとの対話

 時刻は、夜。


 男子用のゲストハウス。

 貸し切りで、ゆったりした雰囲気だ。


 咲良さくらマルグリットは俺の肩を持つ恐れがあり、学年主席、補佐のどちらでもない。

 ベルス女学校による監視とは、ならず。


 彼女のメッセージで、“自分の部屋で泊まり、この機会に1年主席の時翼ときつばさ月乃つきのと話し合う” とあった。

 正史と違うため、和解に苦労しているようだ。


 そのために大破壊をしろ、と言うのは、本末転倒だしなあ……。

 


 1年の主席補佐である新井あらい実果みかが制服のままで、声をかけてくる。


「む……重遠しげとおは、どうするの?」


「このまま追いかけても、効率が悪すぎる……。ムダを避けたいから、一緒にいる主席や補佐と同じ学年のエリアを封鎖しつつ、最後に捕り物だ」


 ふーん、という表情になった実果は、躊躇いつつも提案。


「良かったら……。私が、何か作る? さっきの立食パーティーで男子向けの料理はなかったし、応対でろくに食べていないでしょ? これでも、料理部にいるから」


 言われてみれば、そうだ。


 自販機の冷凍食品では、味気ない。

 提案してくれたのに出前も、NG。


「ああ……。じゃあ、お願いするよ」

「うん!」


 いそいそと、実果がキッチンへ向かう。


 ここの共用設備である冷蔵庫を開けて、準備を始めた。




 ――30分後


 食堂のようなテーブルに、小鉢やスープ皿が並ぶ。

 焼いたステーキ肉が、でんと置かれている。


「すごいな?」


 俺の賛辞に、向かいの実果が微笑んだ。


「ううん! 重遠の予定が分からず、今日は出来合いが多くて……。とにかく、召し上がれ」


「いただきます」



 2人で食事をするも、他に人がいないため、冷蔵庫のブーンという音すら聞こえる。


「あのさ?」

「……はいっ!?」


 ビクッとした彼女は、俺を見た。


「実果は、時翼ときつばささんに何も言えないのか? 責めているわけじゃないけど……」


 俺が知った、もう1人の自分では、彼女の印象がほとんどない。

 出しゃばらないタイプとも、言える。


 けれど、今回は明らかに、暴走した月乃を止めるべきだった。



「月乃は……咲良さんだけ。私は主席補佐だけど、彼女のようにライバルとは見られていないの」


 棘のある返事に、俺は考える。


 学年主席の月乃が執着していれば、その月乃より下の実果は、尚更か。

 

 けれど、当人が慌てて否定する。


「だ、だけど! 今の咲良さんは学年主席を目指すポジションじゃないし、月乃がこだわりすぎだと思う!」


 お互いに食事をすることで、沈黙。


 やがて、両手を下ろした実果は、ポツリとつぶやく。


「どうすれば……そんなに強くなれるの? 私だって、魔法師マギクスの学校にいるけど、それなりに修業はしているのに」


「死にかけた末の話だ……。実果は、実果のペースで強くなればいい。現代も命懸けの戦いはあるけど、上を見ていたらキリがない」


「それは、そうなんだけど……」


 ため息を吐いた実果は、食事を再開した。

 といっても、俺がいるからか、小食だ。


「私ね? 一時期は月乃を倒そうと、頑張っていたんだ……。でも、ダメだった」


「魔力が足りないから?」


「ううん! 技量不足……。ここはマギクスを育成する学校で、武術の道場じゃない。まあ、その要素も必要だけどさ?」


「俺は武術家じゃない。それでも良ければ、稽古に付き合うぞ? あくまで機会があれば、だが」


 パッと輝いたように、実果が笑顔に。


「本当!? 嬉しいな……。柔拳は、もう流派が少なくて……。日本は空手か柔道ばかりで、古流は門下生を集めるだけで大変! あ、でも……」


 顔を伏せた実果は、恐る恐る、聞く。


「お、お礼は? さすがに、タダでは……」


「その話は、この騒ぎが終わってからだ! ただ、俺は日本で落ち着いたら、ヨーロッパに行く――」

「えっ!?」


 思わず落としたフォークで、ガシャンと鳴った。


 慌てた実果は、すぐに拾う。


「そ、それって……。どういう……こと?」


「俺は……」



 ――欧州で魔術師として認めさせることで、日本の四大流派の上に立つ



 実果は再び、フォークを落とした。


 今度は拾わずに、俺を見たままだ。


「そんなことが……。でも、私に言っていいの!?」


悠月ゆづき家とは交渉中で、校長先生も知っている。それに、今の時点で知られても、本気にする奴はいない」


「そ、そうだけど……」


 自分のドリンクを飲んだ実果は、息を吐いた。


「重遠は……それができた後に、何をしたいの? 日本を異能者が支配する社会に?」


 首を横に振って、説明する。


「そのつもりはないが……。俺は、四大流派がバラバラに動いている現状に我慢ならないだけ! 少数の異能者では恐怖政治になるから、嫌だ」


「うん……。じゃあ、室矢むろや家がヨーロッパで知名度を上げるか、称号や爵位を授かりつつ、その権威で日本を裏から支配するんだ? 室矢家についてくる御家は? そんな大それたこと、どの四大流派でも面従腹背がいいところだよ!?」


「室矢家で、行けるところまで行く! まあ、予定は未定だ」


「そっか……。私、四大流派の現状なんて、全く考えたことが……」


 ショックを受けた実果は、尋ねてくる。


「日本に……帰ってくるんだよね?」


「ああ! 海外に行けば、どこまでも異邦人さ。遠からず、帰国――」

「わ、私も力になるよ!」


 思い詰めた雰囲気の実果は、最後に告げる。


「だから……必ず帰ってきてください」

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