第804話 ヨーロッパ留学よりベル女が怖い

「なるほど……。並行世界にいる私共わたくしどもは、このような軌跡を辿ったと……」


 俺の前に座っている美女は1周目と同じく、年齢不詳で妖艶。


 けれど、真牙しんが流の上級幹部(プロヴェータ)の1人である悠月ゆづき五夜いつよは悩ましい表情で、色っぽく息を漏らすばかり。


 誘っているのかな?



 状況を説明すると、ここはベルス女学校。


 その校長室だ。

 1周目で、印象深い場所。


 ここの主であるりょう愛澄あすみは、借りてきた猫。

 応接用のソファーで、ひたすらに、五夜の様子をうかがっている。


 俺たちはベル女で密会を行い、カレナの権能でこの2人に別の世界線――便宜的に正史と呼ぶ――の記憶を入れた。


 ついでに、室矢むろや家の目的も……。


 もはや時間との勝負になっており、グダグダと言い合いをする余裕はない。



 手をひたいに当てていた五夜は、珍しく弱気だ。


 顔を上げて、俺を見た。


「室矢さんは……ヨーロッパに留学する気ですか?」


「ええ。日本の四大流派に認めさせて、その上で」


 俺の返事に、五夜は息を吐いた。


「社交界だけでも、室矢さんが考えているほど優しい世界ではありません。そもそも、有力な家の当主が外国に……いえ、失礼しました。あなたはどこまで、オープンにするつもりですか?」


 どうやら、俺があっさりと消されるか逆に取り込まれて、日本に帰ってこない心配をしているようだ。


 担ぎ上げるのはいいが、戻ってこなければ、五夜の立場は終わる。

 それに、彼女の娘である悠月明夜音あやねも、俺についていくだろう。


 すがるような視線を受けたまま、答える。


「正直なところ、決めていません。力をセーブするつもりはなく、必要があれば宣言します」


「そうですか……」


 ソファーにもたれた五夜は、目を閉じた。


 やがて、紫の瞳を見せる。


Weisheitヴァイスハイト undウント Magieマギー(叡智と魔術)に、お迎えいたします! ただし、現状ではゲストに過ぎず、今後については未定です」


「分かりました。ありがとうございます……」


 まだ混乱していて、欧州は1つのタブーのようだ。


 いずれにせよ、悠月家の支援は取り付けた。



 正史とは全く違う雰囲気の五夜が、話を締めくくる。


「悠月家からの支援などは、少しお時間をいただきたく存じます。娘のことを含めて……」


「はい。よろしくお願いいたします……」


 俺の返事に、会釈する五夜。


 五夜は借りてきた猫……ではなく、愛澄に感謝と別れの言葉を残した後で、先に退室する。



 校長室のドアが閉められ、借りてきた猫はダラーンと伸びた。


「疲れました……」


「お疲れのところ申し訳ありませんが、現状を教えてください。ベル女と防衛省の動きについて」


 むっくりと起き上がった愛澄は、断りを入れた後で、いったん席を立つ。



 愛澄が応接セットに戻ってきて、市販品のチョコなどを入れたバスケットに、紅茶のポットも。


「セルフサービスですが、適当に摘まんでください」


「ありがとうございます」


 俺に続いて、他の面々も礼を述べた。


 お茶会となった場で、愛澄が率先して食べながら、答える。


「ウチは、おとがめなし! 防衛省はこちらを刺激したくないようで、いずれ少数のキャリアによる査察が来るだけ……。館黒たちくろ駐屯地の全部隊を動かした壕目田ごうめだ大佐が責任を負い、良くて無期懲役、悪ければ銃殺です! 彼の後ろ盾だった翡伴鎖ひばんさ中将が査問の前に自決したから、椅子取りゲームで席がない状態ですね」


「校長先生が召喚されるか、俺やベル女の生徒が呼ばれる可能性は?」


 首を横に振った愛澄は、ハッキリと言う。


「室矢くんがイメージしている追究は、なしです。……。私は立場上、最低限の報告をする義務がありますが、魔術師うんぬんは話しませんよ? Y機関の部隊も引き上げましたし、防衛省はこれ以上の面倒は御免のようです。まあ、そっちは私の領分ですから、任せてください! 正直なところ、魔術合戦や海外の貴族と駆け引きするよりも、よっぽど楽です」


「教えていただき、ありがとうございます。でも、だいぶ落ち着いていますね?」


 もう1人の自分を知ったわりに、愛澄は冷静だ。


 その本人が、ぶっちゃける。


「いやあ……。今回はウチの大破壊もなく、襲撃してきた魔術師も室矢くんと五夜さんに任せられるし……」


「言われてみれば、校長先生はそうですね?」


 あのまま戦端が開かれれば、国内で異能者のクーデターになった。

 でも、俺が止めたから。


 要点は押さえた。

 帰ろう!


「防衛省がその姿勢なら、特に問題はない……。あとは、悠月家との話し合いですから――」

「まーだー、大事な用件が残っていますよ?」


 ニコニコしている愛澄は、手を合わせつつ、感謝する。


「五夜さんのY機関に助けられた形ですが、そもそも、室矢くんのおかげです! あなたが体を張ってくれなければ、ヘリの空挺部隊に制圧されていました。本当に、ありがとうございます!」


「いえ。俺のほうも、騒ぎを起こしたから……。次の予定が――」

「まあまあまあ! そう急がないで!!」


 どんどん声が大きくなる、愛澄ちゃん。


「それで……。今回は室矢くんを悪く言う生徒はおらず、居心地が良いと思うのですよ!」


「はあ、そうですか……」


 手を下ろした愛澄は、あっさりと告げる。


「ウチで歓待するから、1週間ぐらい、お時間をいただければ!」


「いや、詩央里しおりが……」

南乃みなみのさんには、許可をいただいております! というか、ここで帰したら、私が吊るし上げられるので!!」


 なん……だと?


 横を見れば、そこに詩央里たちの姿はなく、“先に帰ります” とだけ。



 謀ったな、詩央里!?


 

 そういうわけで、2周目になった俺は正妻に売られて、恐ろしい場所に囚われた。


 次回で、脱出する。

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