第803話 「室矢重遠」を知っている人物【レティside】
一難去って、また一難。
深夜のフランス郊外で起きた戦闘は、次の段階へ進んだ。
教会の最大戦力にして、教義にない存在を滅するための聖騎士(パラディン)が、レティシエーヌの素性を知ったのだ。
民家の屋根に立ったままのレティシエーヌは、闇夜でもシルバーに輝き、パワードスーツにも見える勇猛なシルエットを見下ろした。
その視線を感じた
女性とは思えない迫力だ。
ニヤリと笑ったクリステイユは、夜空の星となっているレティシエーヌを見上げた。
「さて、そろそろ質問に答えてもらおうか?」
「私は、レティシエーヌ・ティアルヴィエです……」
見かねたクロヴィス・ロシュフォールが、口を挟む。
「
「お前には聞いていない! ロシュフォール? お前はドミニオン騎士団を辞めただけではなく、司祭すら辞めたのか!? 人ならざる救いなき化け物は、ただ滅するのみ! その騎士服と祝福された剣は、何のためにある? 助けに来た私に、『背教者』として殺させる気か? 異端審問官の資格もあるから、即決だ」
うなだれたクロヴィスは、言葉を失う。
「わ、私は……」
苦悶するクロヴィスに対して、場違いな女子の声が響く。
「私は
「言ったな? 今でこそ大人しいが、我々は苛烈だぞ? 『敬虔な信徒です』と主張するつもりか?」
レティシエーヌは神々しく、青みがかった白銀のプレートアーマーを身に着けたまま、首を横に振った。
「いいえ。私が主張するのは、『この体が他から奪ったものではない』の一点です」
眉をひそめたクリステイユは、感心した様子。
「ほー? なるほど。そこを崩されない限り、水掛け論というわけか……」
首肯したレティシエーヌが、先に動く。
「私はギリシアの神格で、身元保証人はギリシア政府、ならびに神格のルナリア」
片手で投げた物はクロヴィスが受け取り、クリステイユに提示された。
IDの顔写真を見た彼女は、すぐに視線を外す。
レティシエーヌが神格と言ったことで、あまり気分が良くないらしい。
普通に考えたら、この時点で異端だ。
「ふん……。だが、お前の主張は不足している! その体は?」
「カレナ・デュ・ウィットブレッドに、用意してもらいました」
…………
…………
頭痛がしている雰囲気のクリステイユは、言い捨てる。
「また、あ・い・つ・か!」
ため息を吐いた後で、納得したように独白する。
「あーあー! だから、ユニオンの
クリステイユの鎧は、攻撃的なデザイン。
いっぽう、レティシエーヌが纏っている星の光(スターライト)は両手と両足の付け根がフリーで、頭に開放的なヘッドギア。
ほぼ全身を覆っているのに、その動きを妨げない。
クリステイユは、かなりの重量であるはずなのに軽いと、看破している。
ガントレットと一体化したナックルガードと、つま先も保護しているブーツから、己の
何よりも、騎士の鎧であるが、芸術品のように美しい。
下手をすれば、
疲れた雰囲気になったクリステイユは、異端審問を続ける。
「それは分かった……。ウィットブレッドがどうして、お前にその体と
「彼女の
怪訝な顔で、クリステイユが突っ込む。
「お前が? 何の冗談だ……」
「カレナは、日本の
「ちょっと待て!」
叫んだクリステイユは、確認する。
「ムロヤ・シゲトオ……。その名前で、間違いないのか?」
「え、ええ……」
妙なところで食いつかれ、レティシエーヌは戸惑った。
逆にクリステイユが、話を進める。
「日本の室矢は、なぜ貴様をここに派遣した?」
勝負どころだと感じたレティシエーヌは、素直に答える。
「重遠は、このヨーロッパに来ます。貴族に自身を認めさせて、日本の四大流派で君臨するために……」
「そのためだけに、ここへ来るだと!? だから、お前が現地調査と根回しで、顔を売っているわけか」
「はい……」
レティシエーヌの返事に、クリステイユは低く笑った。
「フフフ……。目茶苦茶な奴だな? いつ暗殺されるかも知れん場所へ、ノコノコ来るか……」
やがて、クロヴィスのほうを向く。
「ロシュフォール! 貴様はまだ、教義を捨ててはおらんな?」
「当然です」
「こいつが数百年前から精神だけで生きる化け物とは、確信が持てん! お前に任せるから、他の人間を乗っ取るか、悪さをした時点で滅ぼせ」
「は、はい……」
意外な命令に、クロヴィスは困惑した。
「私とて、罪のない人間を八つ裂きにせんよ! ……奴には、借りもある」
ボソッと付け加えた台詞は、クロヴィスに聞こえず。
クリステイユは地面に刺していたランスを持ち上げ、遠くに待機させていた騎士のグループと去っていく。
夜の郊外に残るは、唐突に帰ったことで唖然とするクロヴィス。
屋根の上に立ったままのレティシエーヌは、異能者としての波動で、何となく理解していた。
クリステイユは、あのスコラ・デュ・ブレイブトールの関係者。
室矢重遠によって解放され、自由の身になったスコラ。
いかなる方法か、それを知っているようだ。
意外なところで話が繋がり、室矢家のために動いていることで見逃された。
クリステイユにとっては、勢力を知るだけで面倒なヨーロッパにわざわざ来る男で、ポイントが高い。
しばらく泳がせておけば、室矢家との窓口や、問題があった際にたぐる糸にもなるだろう。
正史ではクロヴィスが力尽きるまで戦い、
大局に影響しない、よくある話だ。
けれど、2周目になった重遠は、違う。
ここの魔術師たちと会い、ユニオンにも足を踏み入れるだろう。
その先に待つのは、世界規模での『異能者と非能力者の対立』かもしれない。
彼がその力を見せつけた先にある世界とは?
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