第802話 スターライト(後編)【レティside】

 レティシエーヌ・ティアルヴィエは夜空をバックに、民家の屋根で立つ。


 瞬く間に1人の頭を砕き、そのむくろが倒れ伏すまで、誰も気づかず。


 ドサリと倒れた男に、生気はない。



 妖精のようなレティシエーヌは、欧州でいえば、子供の姿だ。


 星々の輝きを背負いながら、無造作に屋根から落ちる。


 受け身どころか、両膝を曲げず、大地を揺らしつつの着地。



 人形のような顔を上げれば、青紫の瞳がティアルヴィエ公爵家の敵を見据えた。


 なまじ整っているだけに、ホラーのような迫力だ。



 仲間を倒された一団は、緊張したまま。


 テオ・バランディが慌てた様子で、取り成す。


「ま、待て! 貴様が数百年前から生きているのであれば、我々は協力できる!! そこにいる教会の犬を殺せば――」

「お前は『ティアルヴィエ公爵令嬢を僭称せんしょうしている』と言い、笑った……。教会は関係ない。レティシエーヌ・ティアルヴィエとして、お前たちをこの場で殺す」


 見た目通りの可愛らしい声で、そのトーンが低くなった。



 顔を歪めたテオは、昔ながらのコートで隠したまま、準備を進める。


 いっぽう、レティシエーヌの演説。


「貴族が貴族足り得るのは、ただ1つ。他に頼らないこと……。たとえ一代限りの騎士爵であろうとも!」

「やれ!!」


 テオの命令により、2m越えの悪魔ゴリラたちが殺到した。


 野生のゴリラでも、生身の人間が殴られれば、一撃で死ぬだろう。

 けれど、小柄なレティシエーヌはその巨体の群れをかいくぐりつつも、逆に手足や胴体を吹き飛ばすだけ。


 じきに倒れ伏すゴリラで埋め尽くされる一方、テオの取り巻きの1人がコートの中からナイフを振り抜いた。


 ねじ曲がった形状。


 ブレードで切り裂くようには見えず、実際そうだ。


『オヴァアアアアアッ!』


 その軌跡は夜よりも黒く、怨嗟の声を上げつつ、まるで手を伸ばすかのようにレティシエーヌの体を求める。


 他の魔術師たちも同じで、一定間隔で半円を描くように包囲したまま、儀式的なナイフを振っている。


 少女は地を蹴り、瞬間移動のようなステップをするも、四方から黒い手に包まれ――



「悪趣味ね? 人間の恨みごと封じ込めた、生贄の儀式による呪物とは……」



 いつの間にか、元の位置に戻ったレティシエーヌは、あっさり看破。


 下にいるテオが、鼻で笑った。


「ハッ! 貴様が、それを言うか!? 数百年にわたり、自分が気に入った女に乗り移ってきた化け物が! お前は人の精神を食い、私はその魂を利用する。魔術師であれば、むしろ誇るべきだろう? 私と弟子たちは継承を怠らず、代を重ねるごとに格を上げている! そういう貴様の姿こそ、何だ? どこの娘をたぶらかし、蜘蛛のように中身を吸いつくした?」


 傍観者になっているクロヴィス・ロシュフォールも、問いたげだ。


 呪いのナイフを構えた魔術師たちと合わせ、ステージ上に立つアイドルを見ているような構図。



 屋根の上に立つレティシエーヌは、叫ぶ。


「では、示しましょう! 私の星の光(スターライト)を!!」


 彼女の足元で、白銀に透き通ったブルーを混ぜた台座が現れた。

 それは光となり、騎士のプレートアーマーのように、両手、両足などを覆う。


 気づけば、彼女の要所を覆いつつも、動きを妨げない騎士の姿に……。



「これは……」


 引退した騎士であるクロヴィスは聖剣を持ったまま、彼女に見惚れた。



 レティシエーヌはブーツも兼ねている足を動かし、ガントレットの一部になっているこぶしを握り直す。


 一連の動きを見ていたテオは、気圧されつつも嘲笑する。


「化け物が、聖騎士(パラディン)の真似事か? 我々の死霊魔術ネクロマンシーを甘く見てもらっては、困る! どれだけ防御を固めようが、無意味だ!」


 長い髪から足元まで、青のグラデーション。


 より神秘的になったレティシエーヌは、うなずいた。


「あなたの研鑽けんさんを否定するわけではありません……。最後に、チャンスを与えます。私はただ受けることを約束しましょう」


 テオは夜ですら判別できるほど、激怒した。


「ふ、ふざけるなあアアァアアッ!」


 その合図で、他の魔術師も一斉にナイフを振るった。


 夜を塗り替えるほどの闇が、今度こそ彼女を捕らえ、果てなき恨みで包み込んだ。


 勝利を確認したテオは何十、何百人を吸い取った儀式ナイフを振り切ったまま、哄笑する。


「ヒャ……ヒャハハハハハ! 馬鹿が!! これで、貴様はもう我々に使役されるだけの――」


 パアンッ! と破裂するような音が響き、冥府のような闇は雲散霧消。


 青の聖騎士パラディンとなった少女は、超然と立つ。


 いっぽう、テオの口は半開きのまま。



「確かに……。私は化け物です。しかし、譲れない物もあります」


 レティシエーヌは、片方のこぶしを前に向けた。


 約束は果たした。

 ならば、次にするべきことは決まっている。



「シューティング・スター」



 青い光が辺りを走り抜け、地上にいる魔術師たちは千切れ飛んだ状態で空高く舞う。


 力なく頭から激突するも、痛がる様子はない。



 レティシエーヌは屋根の上に立ったまま、拳を下げた。


 こすれた鎧が、小さく鳴る。



 見守っていたクロヴィスは、全てが終わったことで、ホッとした。


 ロングソードをさやに納めつつ、彼女を見上げる。


「助かりました! ですが、すぐにここを立ち去って――」

「ほーう? 教会の司祭にして、元ドミニオン騎士団の一員とは思えない発言だな?」


 よく通る、女の声だ。

 先ほどまで、いなかった人物。


 屋根の上から見れば、金髪碧眼へきがんでシルバーの輝きである全身鎧。

 高身長で、柔らかい雰囲気と声がなければ、男のようだ。

 今はヘルムの前を開けているため、気が強そうな青の瞳とその顔が、よく分かる。


 武器は、両側に鋭い刃がある、長いランス。

 片側を地面に突き刺して、その真ん中を持っている。



 見るからに怯えているクロヴィスは、軍団を相手にも無双できそうな美女を見た。


「パ、聖騎士パラディンクリステイユ……」


 ガシャリと鎧を鳴らした女は、呆れた。


「ご挨拶だな、司祭ロシュフォール? 同業のお前が呼んだから、他の任務を部下に押しつけてまで駆け付けたのに」


 ため息を吐いたクリステイユは、剣呑な雰囲気となり、屋根の上にたたずむ少女を見た。


「それより、お前だ、お前! あの人を乗っ取るティアルヴィエだと?」



 星の光スターライトに勝るとも劣らない輝きに、プレッシャー。


 日本の四大流派の上位とも戦えそうな異能者。


 教会で特別扱いの聖騎士パラディンが、レティシエーヌを認識した。

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