第801話 スターライト(前編)【レティside】

 ゾンビが現れそうな、深夜の墓地。


 巨大なティアルヴィエ公爵家の墓をバックに、抱きしめたら折れそうなレティシエーヌは、クロヴィスと向かい合った。


 月灯りが照らし、どちらが動いてもおかしくない雰囲気。


 けれど、それは年の差を気にしない恋愛ではなく……。


 殺し合いだ。



 レティシエーヌは、両手を下ろしたままで、戦闘態勢。


 正面から向き合うクロヴィスも、自然体だが、尋常にあらず。



 クロヴィスは、フッと笑う。


 緊張しているレティシエーヌから、視線を外した。


「そう思っただけです……。帰りましょう? 急がないと、明日に差し障ります」



 今にも殺し合いが始まりそうな空気は、霧散した。


 レティシエーヌは戸惑いつつも、それに従う。



 真っ暗な郊外を走りつつ、運転席のクロヴィスが、話し出す。


「私は、教会の騎士団にいました。化け物退治をする部署ですよ……」


 助手席のレティシエーヌは、無言のまま。


 いっぽう、クロヴィスの独白が続く。


「その際に負傷したことで、現役を引退。こちらの学校で資格を得て、今の教会に落ち着いた次第です……。ここが、地元でしてね? 何もない場所とはいえ、騒ぎになるのは御免だ」


 息を吐いたレティシエーヌが、答える。


「私は、ティアルヴィエ公爵家の墓参りをしたかっただけ……。明日には、帰るわ」


「そうですか……。勝手ながら、お帰りの送迎までは、担当させていただきます。ここからは、独り言です! もし人を乗っとる化け物がいれば、滅ぼさなければならない。そこに言い訳の余地はなく、命に代えても成すべき使命……。ここにはもう、来ないでください」


「そうね……。化け物に会わないよう、せいぜい気をつけるわ」



 貸別荘に着いたレティシエーヌは、ほぼ眠っていない状態で、翌朝を迎えた。


 突然のキャンセルに驚くゴーズィ家の夫妻に別れを告げて、クロヴィスの車に乗り込み、束の間のバカンスを終える。



 ◇ ◇ ◇



 教会の執務室で、クロヴィスは唸った。


「やはり、彼女とは無関係か……」



 郊外にいる家畜が、盗まれている。


 その報告は、過去の亡霊とも言える、レティシエーヌ・ティアルヴィエが去った後も、止むことがない。


 地元警察に通報しても、ここで張り込まず、書類を受け付けるだけ。


 いっぽう、家畜の血によって描かれた召喚陣らしき痕跡が、複数。



「マズいな……。応援は呼んだが……。このままでは、被害が出る」


 つぶやいたクロヴィスは、動きやすい騎士服となり、久々に武装を取り出した。


 餞別せんべつ代わりに持ってきた、ロングソード。


 司祭が持つには、物騒だ。


 その剣身は、不思議な輝きを放っている。


 スッとさやに納められ、左腰に吊るされた。




 ――深夜


 1人の男を先頭に、数人が進む。

 フードを被っていて、顔は見えず。


 けれど、一閃が走り、その刃を避けることで、フードが外れる。


 男は追撃をさせないため、バッタのように、後ろへ跳ねた。



「やはり、貴様か……。テオ・バランディ……。見覚えのある術式だとは思ったが」



 怒りを押し殺した、クロヴィス・ロシュフォールの台詞。


 急所だけのアーマーをつけた騎士服で、祝福された剣を持つ。



 対する男は、余裕たっぷりで応じる。


「これはこれは……。あの時にいた騎士の1人か? フンッ! これでも、私は貴族だ! バランディ男爵と呼べ! 騎士ごときが、気安く話すな」


 同時に、他の数人も呪文を唱え、地面から湧き出るように、ゴリラのような悪魔たちの登場。


 その数は10を超えており、どれも身長2m越えだ。


「お前だけでは、勝ち目がないぞ? せっかく拾った命、ムダになったな?」


「……ティアルヴィエ公爵の命令か?」


 恐る恐る、クロヴィスが探れば――


「ハハハハハ! 何を言っている、貴様? そやつは、とっくに死んでいるだろう? ん……。そういえば、ティアルヴィエ公爵令嬢と僭称せんしょうする小娘が、社交界にいるらしいが……。本物のわけがあるか!」


 それを聞いたクロヴィスは、なぜか、ホッとした。


 改めて、青白く光るロングソードを握り直す。


「いずれにせよ、貴様らは、ここで倒すのみ!」


「イキがるなよ、死に損ないが……。怪我で一線を退しりぞいた元騎士が、軍勢を率いている我らに勝てるとは――」

「男爵風情が、誰の許しを得て、この地を踏んだ?」


 可愛らしい声が、魔術師テオの台詞をさえぎった。


 ゴリラの化け物たちも、声がしたほうを見る。



 近くの建物の屋根に、1人の少女がいた。


 夜空に溶け込む、青紫色のロングは、ポニーテール。


 青色の瞳が、地上にいる人々を見下ろしている。



「ここは、ティアルヴィエ公爵家の所領です! 虫1匹にいたるまで、所有物! 私は、レティシエーヌ・ティアルヴィエ。公爵家の現当主」



「ハハハ! お前が、最近に――」


 テオの取り巻きで、恐らくは魔術師であろう1人が笑い声を上げて、その途中で頭の真ん中に風穴があき、外側へ弾け飛ぶ。


 空気を切り裂く音に、硬い物体を吹っ飛ばした音。


 見えない凶器が、地面をえぐりとる。



 ドサッと倒れる男に、高所で立つレティシエーヌが言い捨てる。


「いいでしょう……。ならば、これは魔術師の決闘ではなく、ただの討伐です。せめて、その足掻きで私を楽しませなさい」

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