第800話 変わった街と、変わらぬ物ー④
朝日が昇った。
広大な農地と、それを扱っている民家を照らし出し、1日の始まりを告げる。
鶏は、まだ暗いうちに鳴いた。
他の家畜も朝の食事や放牧に備えて、落ち着かない様子。
「……ふあああっ」
ベッドルームで、レティシエーヌ・ティアルヴィエが目覚めた。
上半身を起こした様子だけを見れば、とても、この地域を支配していた令嬢に思えない。
レティシエーヌは、窓のほうを見た。
今日も晴れのようだ。
「眠い……。朝食は、買ってこないと……」
スマホを見れば、早朝。
この時間帯なら、マルシェ(市場)へ行けば、すぐに食べられる料理も――
ピリリリ♪
ピッ
「はい。ティアルヴィエ……。おはようございます……。え? 嬉しいですが、そこまでは……。はい……。ええ。それは助かります! えっと……1時間ぐらいで、そちらへ伺います。……いえ。近いから、歩きで! はい。失礼します」
スマホの画面から指を離した、レティシエーヌ。
彼女は緊張した面持ちで、ベッドから降りた。
手早くシャワーを浴びて、身繕い。
権能で、すぐに髪を整えた。
先に送っておいた鍵付きのスーツケースで、昨日とは違う服に。
貸別荘の玄関ドアを施錠した後で、ポツリと
「……少しぐらいは、構わないわよね?」
次の瞬間に、彼女は消えた。
昨夜にご馳走してもらったゴーズィ家の周りへ、視界が変わる。
◇ ◇ ◇
「どうも、家畜が盗まれているようだ……。物騒だな?」
「あなた? レティがいるのだから、そういう話題は……」
ゴーズィ家の夫婦と、朝食をいただいた。
シリアルと牛乳で、昨晩と比べれば、軽いメニューだ。
残っていたチキンは、野菜サラダやパンのお供に……。
ブロロ ザリザリ
車のエンジン音と、地面の砂利が動く音。
それを聞いた中年男、ジュールは、窓際へ。
「来たか……。ティアルヴィエさん! 彼が、あなたをガイドする人だよ!」
洗濯物を手伝っていたレティシエーヌは、すぐに戻る。
いっぽう、ジュールは玄関口へ行き、出迎えていた。
「やあ、クロヴィス! 忙しいのに、すまないね……」
「いえ。ここを訪れる客は、私にとっても大事ですから……。他の方に任せたので、どうぞ、お気遣いなく」
「早く、行きましょう?」
中年女性のマリーも、玄関口へ。
それに釣られて、レティシエーヌも。
長身で、カジュアルな私服だ。
鍛えているのか、肉付きがいい男。
年齢は、20代の後半か?
人当たりが良いものの、一般人にしては説教臭い。
レティシエーヌの視線に気づいた男は、軽く頭を下げた。
「クロヴィス・ロシュフォールです……。この村にある教会で、司祭をしています」
この男。
戦闘の訓練も、受けているわ……。
「レティシエーヌ……。ティアルヴィエです」
「この子は、ティアルヴィエ公爵家の末裔ですって! 1人で来たから、あなたが送迎してくれて、大助かりだわ! レティのこと、お願いね?」
マリーの発言に、クロヴィスは微笑んだ。
「はい! では、ティアルヴィエさん? 今日は天気も良いですし、さっそく出かけますか?」
サン=ティアルヴィエの中心へ戻り、観光地になっているティアルヴィエ公爵家の館へ。
親子のように、見学ルートを進んでいく。
現代風になっているものの、懐かしい風景で、在りし日の公爵家を思い出した。
レストランで、向かい合う。
食事をしながら、次の予定を話し合うことに……。
「暗くなる前に食材を買い込み、戻りましょう。今の時間なら、あと1つを回るぐらいで、ちょうど良いかと」
レティシエーヌは、クロヴィスの視線を受け、悩む。
けれど、いずれ向き合うのだ。
「ティアルヴィエ公爵家のお墓は、どこにあるかしら?」
――墓地
一際目立つ、モニュメントのような物体。
それが、ティアルヴィエ公爵家の墓……。
レティシエーヌは、立ち寄った花屋で立派な花束を買った。
他の観光客に交じり、それを置く。
スマホの撮影によるシャッター音や光を浴びている、観光スポットの1つへ。
やがて日が傾き、墓地らしい、寒さを感じる雰囲気に……。
離れて立ち尽くす、レティシエーヌ。
早めに帰ろうと提案したクロヴィスも、無言のままで、横に立つ。
彼女1人だけなら、誰かが声をかけるか、警備を呼んだ。
けれど、親子とあって、興味を示さず。
街灯がついた。
暗闇に包まれ、2人だけ。
レティシエーヌは、ようやく動いた。
刈り込まれた芝生を踏みしめ、サクサクと歩を進める。
自分が殺した両親が眠る墓の前で、両膝をつき、両手もつく。
座り込んだまま、泣き崩れる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
数百年が過ぎて、本懐を遂げた。
今の体は美しく、永遠だ。
万全の魔術師を蹴散らせるほどの強さ。
愛し合いたい男も、見つかった。
政略結婚を強いられることもない。
それなのに、どうして、こんなに哀しいのだろう?
悠久の時間を強いられるが、
しかしながら、両親と話すことは、もはや叶わず。
月の位置が変わるほどの時間。
泣きやんだレティシエーヌが、立ち上がった。
ずっと待たせていたクロヴィスのほうに、振り返り――
「レティシエーヌ・ティアルヴィエ……。あなたが当時のティアルヴィエ公爵と夫人、つまり、ご両親を殺したのですね?」
私服のまま、雰囲気を変えたクロヴィスが立っていた。
息を呑んだレティシエーヌに、説明を続ける。
「数百年前から、様々な人間に乗り移ってきた魔術師……。ここから姿を消して、久しいが……」
レティシエーヌを見つめたまま、尋ねる。
「私はその話を聞いた時に、思った……。彼女はいったい何を考えて、生まれ育った公爵家を潰し、自らの肉体も捨て去ったのか……」
「救いも捨てて……」
「私には、全く理解できない……」
レティシエーヌは、何も答えず。
対するクロヴィスが、問いかける。
「あなたはその果てに、何を得た? いや。今のあなたは何をもって、『自分である』と証明するのですか?」
追い詰められたレティシエーヌは、汗をかいた手で、その握りを変えた。
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