第769話 間違っているのは世界だ!(後編)

 2mの人型、ユゴス・ロードは、異形のままで、応じる。


『唐突だな? ……その悪役には申し訳ないが、世界に必要とされなかったのだろう! 君がそうだと言うのなら、自分を変えろ! さもなくば、人里から離れた場所で、ひっそり暮らすのだな? まあ、君は――』


 ここで、死ぬが!!


 叫びつつ、片腕を振るう。



 重心移動からの摺り足で、その鞭のような一撃を避けた。


 ハンマーのような風切り音と、丸太と間違うほどの衝撃波。


「づっ!」


 思わず、声が出た。



 部屋の壁が大きく凹み、そこに埋もれていたこぶしが、伸縮することで戻される。


『なかなか、すばしっこい……。少年! 人間にしては良い動きだが、攻撃できなければ、ムダに苦しむだけだぞ? もっと言えば、我々に、通常の物理攻撃は効かない。諦めたまえ!』


「そうだ……。その悪役は、世界に必要とされなかった。彼が犠牲になれば、誰もが笑顔……。だがな、ユゴス・ロード! もう1つ、選択肢があるぞ?」


『ほう? それは、何だね?』


 構えを解いた巨人は、興味深げに、問いかけた。


 それに対し、キッパリと答える。



「世界を! 変えることだ!!」



 黒い影のような巨人は、正面に浮かべた赤目や、口を震わせ、笑い出した。


『ハハハハハ! 言うに事欠いて、それか!? なるほど。良い考えだな? ……我々に勝てない程度という、弱さであることを除けばなアアアッ!』


 再び、伸縮する片腕。


 それを避けるも、今度は、両手によるラッシュだ。


 とっさに、クロスアーム・ブロックで、両足を浮かせる。



「ぐふっ!」


 胴体は守ったが、背中を強打。


 後ろの壁に対して、ずり落ちつつ、折れていそうな両腕の痛みを無視する。


 膝が落ちるも、ギリギリで耐えた。



 ズシンズシンと、重い足音で、ユゴス・ロードが、近づいてくる。


『ほう? 「避けきれない」と考え、最も硬いガードで、わざと浮かんだまま、食らったか……。つくづく、惜しい話だ。とはいえ、戦える状態では、あるまい?』



 やはり、ダメか……。


 多少の霊力が戻ったぐらいでは……。



『せめて、それ以上の苦しみが――』



 もう、意識が……。



 ――だったら、あんな条件を出さないでよっ!!


 ――水の修行 その二。この滝を切って


 ――まだ、相手はいますか?


 ――これは、神命と心得よ!!


 ――カレナ、我らの敵を処分しろ!


 ――そうか。あの世界の千波ちなみとリーナは、最期に救われたんだな



 ――千陣せんじん……。お前に、この体を返したい


 ――この手で、仇を討ちたい!! だから……



「それが、お前の決断か……。千陣重遠しげとお



 ――サンキューな、室矢



 ベルス女学校に向かうバスの中で見た、夢。


 それは、夢ではなかった。


 もう1人の俺による、軌跡。


 【花月怪奇譚かげつかいきたん】という、ゲーム世界の中での、奮闘……。



 無自覚に、こぶしを握りしめた。



 許されない。


 許してはならない。



 力がいる。



「やはり、この世界は間違っている……」


『それが、遺言か? 安心しろ! なぶり殺しには、せんよ!!』


 巨大な槍のような片腕が、視界いっぱいに、広がる。



 御神刀?


 いや、違う!


 高天原たかあまはらは、全てを知っていて、静観した。

 

 介入したかった神格も、いただろう。

 けれど、『動かなかった』の結果が、全てだ!!



 俺は、あいつらと同じに、なりたくない……。



 あるはずだ!

 

 俺の!


 俺だけの!


 全てを打ち砕き、くつがえせるだけの力が!!



 女の声が、聞こえる。



『力が、欲しいですか? あなたは、すでに持っているはずです……』



 ああ、そうだな。


 カレストゥーナ……。



 本来の『千陣重遠』。


 その希望によるが――



「ひとまず、戦えるだけの力がいる……」



 つぶやいた直後に、ユゴス・ロードの巨大な槍が、俺を貫き――



『バ、馬鹿な!?』



 半身で、脇を締めたまま、ボディを庇うように上げた右腕。


 そこに当たった槍は、本来ならば、薄紙のように、俺を上下に分断した。


 けれど――



 上げた右腕で、逆手に握られた、片刃の黒いダガーに触れる直前。


 まとめて、消滅した。



『ぐっ!? 貴様、何をしたアアァアアアッ!』



 正面へ向き直りつつ、順手に持ち替える。


「斬っただけ……。そう、騒ぐな」


 言いながら、左手に、もう一振りを出現させた。


 そちらは腕の振りで飛ばし、ユゴス・ロードの足元へ突き刺す。


 

 失った片腕を復活させるも、総量が減った、ユゴス・ロード。


 奴は、得体の知れないダガーを警戒して、それを避けた。


『そうか! 魔術武器だな!? ならば、貴様を全力で――』

「名前がいるな? さしずめ、『ラウム・シュナイデン』とでも、名づけよう」


『人間ごときがああああっ! ジジジジ――』


 圧縮言語による、一瞬での呪文詠唱。



 さすが、上位種だ。


 素晴らしい!


 だが――



『貴様……。何を……何をした!?』


 そう。


 何も起きない。


 ここは、すでに……。



 コツ コツ コツ


 俺は、黒いダガーを持つ右腕を下げたまま、歩き出す。


 2mの巨体が、後ずさる。



 立ち止まり、笑顔に。


「言っただろう? 俺は、世界を変える……」


『まさか! この一帯は、すでに……。ま、待て! 私たちは、命じられただけで! お前を主人と――』

「さようなら」


 気づくのが、少しだけ遅かった。


 ユゴス・ロードと、その手下どもは、つつかれた風船のように、一瞬で破裂。


 黒いゲル状の物体は、蒸発するように、消えていく。



「さて、地上へ戻るか……」

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