第768話 間違っているのは世界だ!(前編)

 旧校舎の地下シェルター。


 ベルス女学校の中でも、限られた人間だけが知っている場所。


「あるいは……。非常時になって、ようやく開示されるのかも?」


 俺の独白が、薄暗い通路へ、吸い込まれていく。


 非常灯が左右に並び、まさに、トンネルだ。


 

 丸腰で、片手のフラッシュライトによる灯り。


 コツコツと歩くが、襲撃される気配はなし。


 武器もなく、構える意味はない。



 ここまで誘導してきたスマホが、1つのルートを示している。


 『クエスト』の言い回しといい、完全に、ゲーム感覚だ。



 表示された図面によれば、かなり広い。


 四大流派の1つ、真牙しんが流としても、実験的なのだろう。


 文明を復興させるためか、資料室や、植物の種などの保管庫……。


 

 男の精子は、ここへ逃げ込んだ女子のためか?


 それらの施設の中には、先ほどの映像に映っていた女子がいると思しき、コールドスリープ室も。



“00:15:34”



 考えている余裕は、ない。


 とりあえず、急ごう!




 ――コールドスリープ室


 SF映画のような自動ドアは、俺のスマホをかざしたら、バシュッと、開いた。


 中に踏み込めば、同じく、宇宙船のような光景。


「……あそこか」


 稼働中のカプセルに、その女子が眠っていた。



 カプセルの横にある、医療機器のような、小型モニター。


 そこへ、スマホを近づければ、すぐに電子音。


 ピロン♪



“00:04:12”


 そこで停止したタイマーが、“クエスト完了” の太文字へ。


 やっぱり、ふざけている。



 とりあえず、この女子は、助かったようだが……。


 この核シェルターから、どうやって、地上へ戻る?



 スマホを弄るも、外部への連絡はできず。


 そりゃ、そうだ!


 これで、俺に命令したのだから……。



 脱力して、思わず、その場にある壁へ寄りかかった。


「とにかく……地上へ出ないと」



 隔壁が閉じられ、もはや、ここで朽ちるか、自殺するだけ。


 頭を振り、薄暗い内廊下へ――


 ピロロロロ♪


 また、スマホの着信だ。


 片手で取り出して、そっと見る。



“よく、できました! あの子の安全、保証してあげるわ”


“次は、討伐”


“そこにいるユゴスの群れと、上位のユゴス・ロードを全て倒せば、入口の隔壁が開く”



「ユゴス? ……くっ!?」


 いきなり、内廊下の照明がついた。


 お馴染みの白色で満たされ、一時的に、視界を失う。



 ほこりが、積もっている。


 けれど、表面処理のおかげか、放置されていたわりに、綺麗だ。



 片側の通路が、黒い物体で、塞がれている……。



 いや、違う。


 これは、生き物だ!



 そいつの表面に、無数の赤い目。


 鮫のような歯をした口も、10以上。



 こいつが……ユゴス?



 その口が、同じ動きをする。


『『『テケケケケ、リィリィリィ!』』』


「ふっざけんなああああ!」


 巨大な黒スライムが、襲いかかってくる気配を感じて、俺は反対側へ走り出した。




「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」


 呼吸が荒いまま、足を動かす。


 あれから、3体に出会い、奥へ奥へ、誘導された。


 スマホに表示された現在位置は、敵のユゴスも、見ているのだろうか?



 立て籠もれそうな部屋に入り、切り札を切る。


 四隅に手を触れた後で、中央の床に模様を描き、巫術ふじゅつを使う。


「ここは、神域なり! 入れる鳥居はなく、みそぎなき者を認めず!」


 ガン! ガンガン! ガン!


 追いついたユゴスたちの殴る音が、外から響いている。


 ……間一髪で、効いたようだ。



「せいぜい、数時間か……。その頃には、俺の霊力も底を突いているだろう」



 思わず、その場にへたりこむ。


 すると、誰かが倒れていることに、気づいた。


「おい? 大丈夫……ではないよな」


 声をかけつつも、立ち上がり、その人物の傍へ。


 

 ベル女の制服を着ていて、中等部の傳崎でんさきのぞみと分かった。


 彼女の傍に落ちていた学生証により……。


 本人はミイラ化しており、風化した制服が、むなしく性別を主張している。


「何が……あったんだ?」



 分からない。


 何も、分からな――



“今の繁森しげもり仁子さとこは、偽者だ――”



「遺書……。そうだ、俺も遺書を!」


 近い未来を見せられた俺は、慌てて、自分の荷物を漁った。



“ここは、【花月怪奇譚かげつかいきたん】というゲームか、それに近い世界だ。俺は本物の千陣せんじん重遠しげとおではなく――”


 筆記用具で、残してきた婚約者である、南乃みなみの詩央里しおりに書こうとするも、文章にならない。


 涙だけが、紙に与えられる。



「ふざけるな……」


 紙を握りしめる。



「俺は、何度も殺された……。それもある……。だが、に、何の罪があった!? 今の俺ですら、詩央里とカレナがいる。それなのに……」



「間違っているのは、この世界だ!!」



 出入口のドアが、周りの壁ごと、吹き飛んだ。


 知らない間に、巫術の結界が終わっていた。



『手こずらせてくれたな……。まあ、いい! 心残りはないかな? 矮小なる人間よ?』



 そこに立つのは、2mぐらいの人型をした、黒いスライム。


 知性を感じさせる様子から、ユゴス・ロードだろう。



 俺は、霊力が空っぽのまま、ゆらりと、立ち上がった。


 ユゴスのように、多くの赤目や、人の口がある状態という奴を見据える。


「なあ? もし、この世界がゲームだとして、最終的に誰からも恨まれ、その主人公に倒される悪役がいたと、しよう……。だが、そもそも、悪役とされた人間こそ被害者で、周りの奴らこそ、無知を含めて、加害者だった。お前は、どう思う?」

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