第758話 希望書に記した条件

 白い襟がついた、濃紺のうこん色のワンピース。

 腰の部分をベルトで締めていて、ロングスカートだ。


 左胸に、識別章をつけている。


 シスター服をオシャレにした感じ……。



 バスの通路に立つ彼女は、ジャケットを羽織り、その内側にホルスターの銃把じゅうはを見せている。


 視線を上に動かせば、黒髪のショートボブ。


 童顔で、にっこりと微笑んだ。


「ハロー♪ ベル女……ベルス女学校の高等部2年、羽切はぎりあかり! 本当は、2年のお世話係だったんだけど……。いきなり、ドタキャンで! ウチは女子校で、外に出られないから。みーんな、男子に飢えているの。今回は頑張ってね、室矢むろやくん♪」


 幼く見えるが、年上か……。

 

 驚いた俺は、半個室のシートに収まった状態で、灯を見上げた。


「はじめまして、羽切先輩……。ですが、ノックなしで、個室のドアを開くのは――」


「はい! これで、チャラにしてね? ……どうだった? 室矢くんの好みと言うには、小さいかもしれないけど――」


 息を乱した灯が、上気した顔で、訊ねてきた。


 けれど、彼女の片胸で円を描きながら、押し潰すように触らされていた右手で、左脇のショルダーホルスターから突き出ているグリップを握り、拳銃を抜いた途端に、雰囲気が変わった。


 俺を導いていた右手に、袖の内側から小型のハンドガンが飛び出て、それを握りつつ、銃口を向ける。


 その際に、左手で拳銃を握った俺の手首をつかみ、外側から腕ごと、俺の胴体に押しつけて、銃口を逸らした。


 狭い個室で、斜め前から抱き着くように、体を預けてきた形だ……。



 制服とジャケット越しでも、マシュマロみたいに、柔らかい感触。


 身に着けているベルト、ホルスターや、銃の硬さも。



 パッと見では、正面から抱き合っている構図。


 フフフと笑いながら、灯が、耳元でささやく。


「銃……離して? いい子だから……」


 言いながら、空いている左手で、上から愛撫するように、右手の指をはがしていく。


 拳銃を取り上げられ、ようやく、小型のハンドガンの銃口も外された。


 両手に、それぞれ拳銃を持っている形で、そのまま、抱きしめられる。



「ね? ベル女に着くまで、まだ時間があるし。ウェットティッシュを使えば、いいから……」



 誘ってきた灯は、そこから先は、言わせないで? という雰囲気で、俺の返事を待った。


「紹介されないうちに、つまみ食いをするのは、お世話係の咲良さくらに悪いから……」


「もうっ! 真面目すぎ!」


 そう言った灯は、両手の銃口に注意しながら、ゆっくり離れた。


 一丁ずつ、テキパキと、ホルスターへ納める。



 通路に立った灯は、改めて説明する。


「えーと……そうそう! 先に、これを渡しておくね? ウチの中で使えるスマホ!」


 差し出されたスマホを受け取り、指で触る。


 その画面を見ていたら、灯の声。


「生体認証をされるけど、うちのセキュリティをほぼ突破できるし、全生徒の個人情報にアクセスできるから! くれぐれも、扱いに注意してね? まあ、敷地に入らないと、サーバーに繋がらないから、限定的なデータだけど」


「交流会の生徒に持たせて、いいんですか?」


 キョトンとした灯は、俺の顔を見た。


「だって、全学年を回るのに、いちいち、『会った女子だけ』とやっていたら、興ざめでしょ? 君1人だけで、高等部を相手にするのなら、それぐらいは当然よ! 時間がある時に、気になった女子を検索するか、調べて」


「でも、結婚相手を1人だけ選ぶ、というには――」


 俺の発言に、灯は、おかしくてたまらない、と言わんばかりに、笑い出した。


「ハハハ! 何を言っているの、室矢くん!」


「今回は俺だけですが、本来は『各学年で1人の男子が来て、自分の婚約者を探す』と……」


 そう、聞いている。


 少なくとも、紫苑しおん学園の生徒会では……。



 まだ笑っている灯は、説明する。


「フフ……。だって、じゃない、室矢くん?」


「書いた? いったい、何を?」


 俺の質問に、満面の笑みを浮かべた灯は、思い出しながら、言う。



「室矢くんに絶対服従で、巨乳で可愛くて、強い……。アレの時には、ゴムなしで……。結婚しないし、責任を取らないけど、傍にいて。……だよね? 君の希望書って」



「は?」


 思わず、声が出た。


 確かに、そう書いた覚えがある。


 俺にマッチングした女子に期待させないよう、わざと――



「みんな、慌てて準備したんだよー? もう、大変で……。感謝してよ、室矢くん!」



 おかしい。

 

 あまりに、おかしすぎる……。



「冗談……ですよね? 本当は、どう思っているんですか?」


 探るように、訊ねた。


 俺の希望条件を知って、真剣な婚活だとは、考えないはず。



「どうって……。思っていたより魅力的な男子で、ドキドキしているよ? でも、さっきみたいに銃をオモチャにするのは、ダメ! そのスマホは寮にも入り放題だから、私の部屋に来てね♪ じゃ、また!」


 ガララ


 引き戸が、閉められた。



 さっきの羽切灯は、全く動揺していなかった。


 学校の教室で、クラスメイトと話しているように……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る