第759話 男子の夢を実現した場所と1人のメイド

「……偉大なる、グランドマスター」


 要塞とも言える、学園都市を見下ろす高所で、可愛い声が響いた。


 そこにいるのは、赤紫の瞳を輝かせる、1人の少女。


 黒髪はあごより少し長いぐらいだが、アクセントがつくように、シャギーがかっている。



 今どき、コスプレでも珍しい、白いフリルがついたホワイトブリム、つまり、ヘッドドレスを頭につけている少女。


 クラシックな、メイド服だ。


 白いエプロンと一体化するようデザインされた、黒いワンピースのまま、その場で両膝をついた。


 両手を握り合わせて、祈るような姿勢のまま、ただ願う。


「お早い……お目覚めを」


「そのためであれば、私は、どのような献身もいたしましょう」




 ――ベルス女学校に向かうバス


 快適なシートを後ろに倒した、室矢むろや重遠しげとお


 彼は、半個室という、最上位の座席で、ただ眠る。



『サンキューな、室矢……』



 目覚めた重遠は、ふと、気づく。


「……泣いているのか、俺は?」


 ぼんやりした頭で、窓の外を見る。


 ベル女への道を走っていて、古民家やマンションが、現れては消えていく。



 先ほどの羽切はぎりあかりは、おかしかった。


 冗談ではなく、当たり前のように……。



 状況を整理しよう。


 あの羽切先輩が、露骨に誘っているだけなら、それでいい。


 けれど――



 重遠は、貸し出されたスマホを起動。


 そこには、ベル女の公式情報や、お世話係などの顔写真。


 灯が言うように、スタンドアローンでは、意味がない。



「敷地に入って、無線でサーバーに接続しないと……」


 つぶやいた重遠は、スマホを座席のすみに、置いた。



 おそらく……敵が、待ち構えている。



 今の重遠には、不思議と、分かった。


 灯の態度は、思い焦がれている男子を見ているよう。


 それ以外の女子たちも、同じならば……。



か?」



 重遠は、自分が書いた希望書を逆手に取られ、その願いを実現されたと、推測。


 そう考えれば、灯の態度と、このスマホにも、納得できる。


 バスに揺られるままでは、水掛け論だ。



 休めるだけ休むか、と考えた重遠は、支給された弁当を食べ、素直に旅を楽しむ。




 ――ベルス女学校


『ご乗車、ありがとうございました! 下のお荷物は、宿泊する場所へ運んでおきます。座席の手荷物だけ、お忘れなきよう、お願いいたします』


 女の園に、到着した。


 筆記用具などが入ったデイパックを背負い、しばらくぶりの大地へ。


 邪魔にならないよう、バスから離れつつ、スマホを確かめる。



“サーバーに接続中……完了”


“最高位のセキュリティ付与! 一部の軍事機密を除き、全ての立入りと閲覧を許可します”


 試しに、女子寮をタップすれば、部屋の一覧。


 トントンッ


 とある部屋の中が映し出され、ベッドに寝転ぶ女子の姿。


『ふわっ……』


 だらけた声が、聞こえてきた。



「あ! さっそく、見ている!」



 明るい声を聞いて、すぐ別の画面に。


 近寄ってきたのは、ジャケットの内側に銃を忍ばせている、羽切灯だ。


 ニマニマしながら、揶揄からかってくる。


「室矢くんも、男の子だね~♪ 気になるだろうけど、校長先生に挨拶しよ? 寮に行ったら、私も怒られちゃう」




 ――校長室


 高価なソファーセットに招かれ、着席した後で、お互いの自己紹介。


「当校へ、ようこそ! 私は、校長のりょう愛澄あすみです。今回は、高等部を全て回ることで、負担をかけてしまいます。その点、お詫び申し上げます」


「室矢重遠です。よろしくお願いいたします……。隣の方は?」



 水色に近い青の瞳で、同じく、青みがかった黒髪のロング。


 メガネをかけた、文系の美女が、愛澄の隣に座っていた。


 重遠の視線に気づき、座ったままで、会釈。



「紹介しますね! 当校のカウンセラーを務めている、繁森しげもり仁子さとこさんです。口説きたい子が見つかったら、相談してください」


「繁森です。よろしくお願いいたします……」


 

 明るい雰囲気に、重遠は、困惑した。


「よろしくお願いします……。ところで、『異常がある』という依頼で、こちらへ伺ったのですが」


「あー、その件ですね! お恥ずかしい限りですが、もう解決しまして!」


「え?」


 驚く重遠に、愛澄は、あっさりと続ける。


「無駄足を踏ませてしまい、大変申し訳ございません! 代わりと言ったら何ですが、この1週間は、たっぷり楽しんでください! お世話係の紹介まで、行いますね? ……咲良さくらさん。入りなさい」


 応接セットの中央にあるテーブルで、そこに置かれた端末。


 指で押した愛澄は、部下に対するように、命じた。



 コンコンコン ガチャッ


「失礼します! 高等部1年の咲良、入ります!」


「はい、どうぞ……」



 重遠の希望を具現化した、思わず見とれてしまう、金髪碧眼の美少女。


 彼の視線を浴びて、わずかに顔を背けつつ、うっすらと頬を染めた女子は、応接セットの傍で立つ。


 校長の愛澄は、場を盛り上げるように、説明する。


「あなたのお世話係、咲良さんでーす! 拍手!」


 仁子は、パチパチと、手を叩いた。


 合コンのようなノリで、愛澄が、うながす。


「はい、自己紹介!」


 バッと、お辞儀をした本人が、重遠に言う。


「さ、咲良マルグリットです! メグと呼んでください!」


「んー! まだ、固いですね……。あとは2人で、ゆっくり話してください」


 愛澄の宣言で、重遠たちは、校長室から追い出された。

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