第756話 四大流派と室矢家の明日

 真牙しんが流。

 四大流派の中で、現代技術を取り入れた魔法を使い、公権力に食い込んでいるため、一般からの希望者が多い。


 儀式的な焚火がディフォルメされた、三角のマーク。


 そこの上級幹部(プロヴェータ)である柳井やないつかさが、WUMレジデンス平河ひらかわ1番館の地下にある通信室のモニターに、映っている。


『というわけで、預かった魔術書を解析していた連中は、建物ごと封鎖された。あとは、お前が知っての通り!』


「神話生物がうろつく、ホラーハウスになって、カレナが全て片づけたと……」


 椅子に座ったまま、溜息を吐いた。


 モニターの司は、笑う。


『ま、そういうことだ! この機会に、お偉方もまとめて処分できれば、良かったんだけどな? あいつら、そういう保身は、お上手だ』


「柳井さんも、その1人ですよ?」


 突っ込んだら、司は、新しい情報を出す。


『俺はもう、警察を辞めるから! また長官が詰め腹を切ることで、前に昇任した異能者の俺が居座りつづけたら、ヘイトを集めるだけさ! 長官が辞任する前に追い腹を切れば、それ以上はないだろ』


「先に辞めたら、『追い腹』と言わないのでは?」


『細かいことは、いいんだよ! ……後任は、木月きづきだ! 特殊ケース対応専門部隊の小隊長の木月祐美ゆみ。あいつは、警察官らしい思考だし、若い女だから、ヘイトを集めにくい。ちょうどいいのさ、色々とな? 融通は利かないから、俺と同じ感覚で接しないほうが、いいぞ! 後日に紹介するから、よろしくな』


「分かりました。……ちなみに、柳井さんは?」


『俺か? そうだなあ……。これで、上級幹部プロヴェータも辞めるから、一気に時間ができるし。どこかの魔法師マギクスの男子校で、教官をするかねえ……。ま、色々と世話になったし、何かあったら、力になるぜ?』




 ――とある男子校


 身軽になった柳井司は、学校の敷地を歩きながら、ふと空を見上げた。


「今になってみれば、室矢むろや家の奴らと接していたのも、昔のようだな……」


 珍しくスーツを着ているのは、その室矢家が、訪問しているから。


 もう関わりたくないから、早々に離れたのだ。



 ところが、1人の男子生徒が、走ってきた。


「や、柳井教官!」



「はあっ!? うちの生徒が、悠月ゆづき明夜音あやねに一目惚れして、室矢重遠しげとおと戦っている!?」


「は、はい! 室矢さんが、面識のある柳井教官を呼んでくれと――」

「力になるって、そういう意味じゃねえぞ!?」


「あ……す、すみません!」

「い、いや! お前に言ったんじゃない! とにかく、案内しろ!!」




 ――体育館


 広い場所では、中央に立つ重遠に、次々と男子生徒が襲いかかっては、合気のように引っかけられ、投げ飛ばされている。


 突きや蹴りは、どれも外され、姿勢を崩した奴から、倒されるだけ。

 ダアンッと、床に叩きつけられる音が、どんどん響く。


 四方から襲いかかるも、立っている重遠は、涼しい顔。


 走ってきた司を見た重遠は、死角から魔法でスピードをつけた男子を身体の位置だけで崩しつつ、微笑んだ。


「あ! 久しぶりです。柳井さん!」


 突っ立ったままの重遠に対して、引っ掛かり、宙を舞った男子が、体育館の床に叩きつけられる。


 それを見た司は、思わず叫ぶ。


「いい笑顔だな、お前!?」



 ◇ ◇ ◇



 桜技おうぎ流。

 その名前の通り、桜の花びらと、御刀おかたなを組み合わせた、菱形のマーク。


 真剣による接近戦を行い、主な戦力は、演舞巫女えんぶみこだ。



 ようやく復興した、誓林せいりん女学園。


 そのグラウンドに置かれた演台に、1人の若い女が立った。


「わたくしは、ここに、謹んで報告いたします。幕末から続く因縁を終わらせて、桜技流が真の自由を得たことを……」


 グラウンドに整列している、制服の女子たちは、誰もが神妙な顔だ。


 それを見回した天沢あまさわ咲莉菜さりなは、筆頭巫女として、宣言する。



「これからの桜技流は……警察組織とは無関係のまま、信仰と退魔のために活動します!」



 整列している女子や教師たちが、一斉に声を上げた。


 桜技流は、原作で成し得なかった、独立を勝ち取ったのだ。


 

「最初に誓林を選んだのは、ここの新聞部で、大きな犠牲が出たから……」


 咲莉菜の声で、しんと静まり返った。


 その慰霊碑は、もう作られている。



「彼女たちの犠牲があったからこそ、今があります……。今後は誰のせいにもできず、私たちの責任です。もうすぐ、男子校がスタートすることで、男女の惚れた腫れたのトラブルも発生するでしょう。警察を頼れず、困ることも、あるでしょう。ですが! 手探りでも前へ進み、掴まなければいけません。他でもない、私たちの明日を!」



 【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、悲劇のヒロインだった咲莉菜。

 本当は、彼女こそが、主人公だったのかもしれない。


 ある時に、ふと言った言葉が、印象的だった。


 わたくしを強い人間だとは、決して思わないでください……。



 ◇ ◇ ◇



 操備そうび流。

 糸がついた絡繰り人形による、四角のマーク。


 未知の技術を扱っていて、他の四大流派より閉鎖的だ。

 新人のリクルートも、一般公募ではない。



 佐伯さえき緋奈ひなに案内され、再び、ludusルードゥスへ。


 俺の……生まれ故郷だ。



 賀茂かもあんずが、青い光のひつぎに入っていた松川まつかわみやびを錬成した場所。


 廃墟の世界にあった培養ポッド、つまり俺が成長したたいを見た後に、独白する。


「2人の母さん……。色々あったけど、俺は生きていくよ、この世界で……。さよなら」


 ここに来ることは、二度とないだろう。



 傍に立つ緋奈は、無言のままだ。


 本人の希望と、原作知識を有することから、室矢家のハーレムに加えた。

 俺の出生の秘密から、どっちみち、操備流との窓口も必要だったからな……。


 正妻の南乃みなみの詩央里しおりは、キレ気味に、認めてくれた。



「大丈夫?」


 緋奈の声で、目を開けた。


「ああ……。言うほど、感傷に浸っちゃいないさ」



 2人で歩きながら、話し合う。


「お前は……気にしないんだな?」


 言外で、原作における、自分の扱いと、含ませた。



 笑顔の緋奈は、俺に抱き着きながら、囁く。


「私が知ったのは、自分のことだけ……。それに、原作の千陣せんじんくんとは違うのだし……。怒った?」


 俺の逆鱗に触れたと思ったのか、緋奈は、媚びるように聞いてきた。


「別に……。そろそろ、離れろって」

「またまたー! 好きな癖に♪」


 グリグリと押しつけてくる緋奈は、赤い顔で、囁く。


「頭バカになるのも、悪くないね! 明夜音ちゃんが、夢中になるわけだ……」



 ◇ ◇ ◇



 千陣流。

 歴史が古く、2枚のお札を交差させた、丸のマークだ。


 京都の本拠地を訪れた俺は、九条くじょう家の屋敷にいる。

 その縁側に、並んで座った状態。



 魔王を倒した経緯を話し終えたら、九条和眞かずまは、静かにうなずいた。


 いつもの、低いイケボ。


「分かった……。これで、僕も、ゆうも、前へ進める。本当に、ありがとう」


「いえ……。千陣流を変える気はなく、今のままで暮らします。ただ、ひいらぎ家が……」


 首肯した和眞さんは、すぐに応じる。


「そちらは、僕から話しておくよ……。ああ、そうだ! 君の寄子よりこである鍛治川かじかわ航基こうきくんだが、こちらで引き取ってもいいだろうか?」


「それは……別にいいですけど。九条さんは、どうするつもりで?」


 和眞さんは、遠回しに、父親だと名乗り出る気はない、と告げてきた。


「航基くんも、それは望まないだろう……。高校卒業と同時に、僕のほうで、面倒を見るよ」


「あの、九条さん?」


 こちらを見た和眞さんに、思い切って、告げる。


「俺にとって、九条さんは……父親のような人です」


 珍しく驚いた和眞さんは、笑顔に。


「ありがとう……。嬉しいよ」



 『千陣重遠』に頼まれた、最後の仕事。


 それは、九条和眞を父親として、それに見合った対応をすること……。



 ――お前にとっては、他人だろうが、せめて演技でも!



 あいつは、土下座をしながら、必死に頼み込んできた。


 この発言が精一杯だが、俺にとっても恩人であることに、違いない。



「もうすぐ、年が変わるか……。早いものだ」


 和眞さんの言葉で、俺は我に返った。


「え、ええ! そうですね……。ところで――」



 原作が終わっても、日常は続く。


 だけど、俺にはまだ、気がかりなことが、1つだけある。




 ――高校3年生の夏


 星空の下で、七夕の短冊に願いを書いた室矢家の面々が、思い思いに過ごす。


 その時に、室矢カレナが、通りかかり、1つの短冊をしげしげと眺めた。



 屋外パーティーを行っている彼らとは別に、笹の葉が、風で揺れる。



 “これ以上、女が増えませんように!”


 室矢重遠の字だ。



 その下に、カレナの字で、返信がある。


 “願うのは、いつだって、自由だ”



 ~Fin~

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