第755話 どうせ皆、宇宙ネコになる……(後編)

 警察学校のグラウンドは、そのまま、ガラーキがいる場所となった。


 いずことも知れぬ、どんよりとした雲の下で、虹色の光が瞬く、不気味な空間。

 湖畔だが、酸性の蒸気が絶え間なく発生していて、呼吸をするだけでダメージを受けそうだ。


 そこにあった丘は、生き物だった。

 見ただけで正気を失い、即座に発狂するほどの、おぞましい物体だ。


 例えるのなら、巨大なナメクジがいて、その上部をハリネズミにしたような……。




 室矢むろやカレナによって隔離された、射撃場の観戦室でも、うめき声や、顔を背ける人が、続出した。


 破壊した、射撃場の壁から出てきた室矢重遠しげとおは、自身の刀による、新たな完全解放、『大千だいせん山水画さんすいが』による宇宙を纏い、黒の剣士として、その邪神とも呼べる存在と対峙。


『へえ……。神格と呼べるほどの圧だな? お前が、ガラーキか』


 尊大な様子だが、正面から向き合っている邪神は、上体を持ち上げたままで、様子だ。


 ナメクジと同じ、数本の飛び出た触手の先にある目玉で、宇宙の中に浮かぶ重遠を見下ろしたまま。


 返事なのか、威嚇なのか、そのワームのような口から、音が漏れる。


『シュッ……。ジュウウゥウウッ……』



 この様子に気づけば、女魔術師は、驚愕しただろう。


 人が推し量ることが不可能な、旧世界に君臨していた存在の1つ。

 邪神ガラーキは、室矢重遠を脅威と認め、うかつに攻撃すれば、自分がやられると、考えたのだ。


 けれども、女魔術師は、逆転の手札によって、高揚するだけ。


『ああ、偉大なるガラーキ様! この度は、あなた様に生贄をご用意いたしました!! どうぞ、この者を――』


 

 ガラーキの棘は、刺されば、その毒によって死に、従者とされる。

 相手の力を吸い取ることも、大きな特徴。

 さらに、多くの呪文を操る。



『ジュッ!』


 掛け声と共に、ガラーキの巨大な棘が、弾丸のように発射された。


 その数は、10を超える。



 けれど、重遠を守るように、周囲に伸びていた光の群れが、瞬時にそれらを切り裂く。


 崩壊した棘は、バラバラになりつつ、宇宙に呑み込まれていく……。



 笑顔の重遠は、真っ黒の刀を消した。


 足を広げて、両手を動かし出す。


『お前ほどの相手であれば……。耐えられるよな?』



 重遠の宇宙に浮かぶ星々、あるいは、ガス星雲などが、その拳法のような動きをする両手に吸い込まれていく。


 それを見たガラーキは、毛を逆立てた猫のように怯え、必死に逃げようとする。


 だが、女魔術師が召喚していることから、ゲートは開いたまま。



『聞け! 宇宙の星々の動きを! 見ろ! 輝くばかりの光を!』



 宇宙空間に浮かんでいる重遠は、動きを止めた。


 彼のこぶしが、消える。



『ミーティア、ストォオオオム!!』



 重遠が、流星嵐ミーティア・ストームと叫んだ瞬間に、光のように見える流星が、巨大な邪神に吸い込まれていく。


 戦車砲でなければ、傷もつかない装甲が、たった一発で弾け飛び、中の体液や肉が舞い散る。


 太いビームに見えるほどの数が、召喚された邪神、ガラーキを襲う。


 その衝撃波は周囲に広がり、グラウンドを囲む建物のガラスが残らず粉砕され、外壁もえぐられたように壊された。


 爆撃されたような惨状で、その中心にいるガラーキは、下半分に大きな穴を開けたまま、ピクピクと痙攣けいれんしている。


 しかし、お前のせいだ! と言わんばかりに、残った棘を伸ばし、近くに立つ女魔術師を串刺しに。


『ぐふっ……。ち、違います! に、贄は、あ、あの男でええぇえええっ!?』


 刺したままの女魔術師を引き寄せ、ガラーキは残っている口で、ブツブツと呪文を唱えた。


 すると、異なる空間を繋げるゲートが閉じていき、元のグラウンドに戻った。


 悍ましい化け物は、いなくなったが――



 対抗していた存在の消失で、重遠の宇宙が、どんどん侵食する。


『終わったぜ、千陣せんじん(重遠)……』


 グラウンドが、新たな宇宙に塗り替えられる中で、彼は物思いにふけった。



 射撃場の観戦室と、離れて様子を見ていた面々は、誰もが宇宙ネコの顔。


 宇宙は、広大だ……。



 ◇ ◇ ◇



 警察庁の会議室。


 上層部が秘密の話し合いか、他国のVIPを招く時に使う、窓がない場所だ。


 スーツ姿のSP(セキュリティ・ポリス)が後ろ手に、部屋のすみで立つ。



 勢ぞろいした幹部が円卓についている、その下座。

 出入口のドアに近い席で、紫苑しおん学園の制服を着た女子、室矢カレナが、堂々と見返した。


 見た目は、女子中学生。

 高等部になったものの、そうは見えず。


「私は、遠回しの表現を好まない……。はっきり、言え」


 生意気な言い方に、上位のキャリアたちは気色ばむも、天沢あまさわ咲莉菜さりなとのやり取りで、耐性がついている。


 上座にいる警視総監の目配せを受け、予め担当になっていたキャリアが、口を開く。


「では、言おう……。先日、各国のVIPを招いての競技会で、会場となった警視庁の警察学校は、敷地の大半が使用不能になった。警備していた狙撃手チームや、SWATスワット(スペシャル・ウエポン・アンド・タクティクス)にも、多数の死傷者が出ている! その主犯は、君の兄である、室矢重遠。むろん、君たちにも、嫌疑がかかっている――」


「ハハハハハッ! 言うに事欠いて、それか!? たいしたものだな? お主らは警察だと思っていたが、どこかの組事務所だったか! 来る場所を間違えたようだから、これで失礼するのじゃ」


 笑い飛ばしたカレナは、あっさりと、席を立つも――


「待ちたまえ! どうやら、誤解があるようだ……。君の兄、室矢くんを撃った狙撃手については、死体すら、見つからなくてね。刑事に取調べをさせても良いのだが、それでは、君たちも都合が悪いだろう?」


 言外に、お前の兄である、重遠のせいだ、と告げる。



 上座の発言で、カレナは、椅子に座り直した。


「お主らに都合が悪いの、間違いだな? ……それで?」



 幼い少女に見えたことで、高圧的に押さえ込もうとしたが、失敗。


 カレナが、本庁の奥深くで、警察官僚に囲まれても、全く動じないことで、作戦を変更する。



 別のキャリアが、尋問を引き継ぐ。


「君は、警視庁の警察学校を使用不能にしたことで、責任を感じないのかね?」

「感じないな……。そもそも、私たちは攻撃されたから、反撃しただけだ」


「君たちを含む、都民の税金が、莫大に消費されると、言ってもか?」

「話をすり替えるな! その警察学校へ、敵を侵入させた挙句に、重遠の頭を吹き飛ばした。お主らの責任だぞ? どう償ってくれる?」


 言葉に詰まったキャリアに、カレナが告げる。


「ネイブル・アーチャー作戦で、『異能者を虐殺した』という戦犯になりかけたことを忘れたか? 東京エメンダーリ・タワーで被害に遭いかけた留学生グループも、お主らの対応に納得したわけではない!」


 その発言で、会議室に、緊張した空気が流れる。


 ここで、上座の1人が、取り成す。


「君たちの功績は、忘れておらん。だからこそ、話し合いの場を設けている」


「言いようだな? まあ、重遠が日本国籍から離れるか、不自然な死を遂げた瞬間に、この国が終わることを忘れていないようで、重畳ちょうじょうだ」


 ジョーカーを切ったことで、会議室のキャリアは、黙り込んだ。


 それを受けて、カレナが提案する。


「お主らが、手段を選ばず、冤罪えんざいや時間稼ぎで逮捕するようなら、こちらも相応の報復をする。圧力をかけること、情報を与えての示唆を含めてだ! 四大流派と全面戦争の直前だったことも、忘れてはいかんぞ? 警察学校の件で責めたければ、行方不明になった、女魔術師に言え! 私たちは、敵ではない。そうだろう?」


 YES・NOで答えられる質問だ。


 キャリアたちは、上座を見た。


 その1人が、首肯する。


「ああ……。私たちは、敵ではない……。条件は?」


「警察学校の消失については、そちらで何とかしろ! 桜技おうぎ流の離脱も、いい加減に、認めろ! 残りの期間も、約束していた予算は出させる。未練がましく残しても、今回のように、問題が増えるぞ?」


 手打ちの条件を告げられた長官は、溜息を吐いた。


「検討しよう……。ところで、君は、警視庁のキャリアに、『今回の原因を教える』と言ったようだが?」


「言ったぞ? 警察学校で暴れた女魔術師の手口と、グラウンドに出現した奴の正体を記した魔術書を貸してやるが……。知るだけで発狂するうえに、読むことで何が現れても、読んだ人間がどうなっても、一切の責任を負わない」


 カレナの返事に、会議室のキャリアたちは思わず、彼女を見つめた。



 主役となったカレナは、上座で話す長官を見返した。


「この中に、実弾を込めた銃を持っている者は、いるか? いれば、少し貸してくれ」


「……いいだろう。君! 彼女に、渡したまえ。そのままでだ」


 顔をしかめたSPは、命令に従う。


「ハッ!」


 スーツの上着で隠していたホルスターから拳銃を抜き、両手で差し出した。


「どうぞ……」


 無言で受け取ったカレナは、しげしげと、黒光りする金属を眺めた後で、円卓のキャリアたちを見た。


「お主らは、まだ小娘の戯言ざれごとだと思っている……。それでは、ムダに被害が増えるだろう。私がなぜ、ユニオンで、『ブリテン諸島の黒真珠』と呼ばれているのか? それは、公爵家の令嬢だからでも、ナイトだからでもない。ここで、その証明をしよう」


 言うや否や、両手で拳銃を握ったカレナは、自身のあごの下に銃口を押しつけ、トリガーを引いた。


 パアンッ!


 乾いた音が響き渡り、カレナの頭が跳ね上がった後で、円卓の上にゴンッと、ぶつかった。

 そのまま、力なく、倒れ込む。


 限られた穴から流れ出す血が、その場を汚していく。


 セミオートマチックゆえ、側面から飛び出た空薬莢からやっきょうが、隣の椅子へぶつかった後に、下のカーペットで転がった。



 拳銃を渡したSPが、慌てて駆け寄り、銃を回収しつつも、彼女の呼吸を確かめる。


 首を横に振ったSPは、結論だけ言う。


「ダメです!」



「これは……」

「どうすれば……」


 いきなりの凶行で驚くキャリアに対して、死んだはずのカレナの声。


「そう、驚くな……。お主らを撃つわけにもいかず、自分を対象にしただけのこと……」


 円卓に寄りかかっていたはずのカレナは、顎の下から血を流しつつ、ゆっくりと起き上がった。


 鮮血が女子のブラウスへ侵入して、どんどん、赤く染めている。


 ところが、次に見れば、血の跡は消え去り、無傷の状態。


 手の中で転がしていた、発射済みの弾丸を円卓の上へ置けば、その場にいる全員の視線が集まる。


 

 カレナは、止まった弾丸に興味を示さず、周りを見ながら、宣言する。

 

「御覧の通り、私は、殺しても死なぬ……。言い換えれば、警察学校で仕留めた女魔術師と、同じ存在だ。それを踏まえたうえで、もう一度だけ、言うぞ?」



 ――魔術書を読むことでの被害は、一切関知しない

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