第751話 もう、お前らで戦ってくれー③

 内部の構造が変えられた、巨大迷路の中。


 すでに対戦は始まっており、相手のUSFAユーエスエフエーサイドには、情報戦のオペレーターがついている。


 本来なら、SWATスワット(スペシャル・ウエポン・アンド・タクティクス)は、扉の下から中を覗くミラーや、遠くからスコープで見ている狙撃手がいるのだ。


 現在では、片腕に巻き付ける、横に細長いディスプレイの端末や、地面を転がっていく筒状のドローンも。


 言うまでもなく、それらは予算との戦いで、金がある市警ほど、揃えやすい。

 洋ドラでは、誰もがキラキラした新品で身を固めているが、現実は、そうもいかず。



 ワイヤーフレームになった視界では、全ての動きが見えている。

 USのSWATは、流石に、動きが良い。

 

 持てるだけの装備を身に着けた彼らに、どうするのか? だ。


 ホームの利点を活かして、日本警察のSWATは、ラストに出てくるっていう……。



 初戦の、東アジア連合の武装警察。


 彼らは決して弱くないのだが、初手の集中砲火を防がれたうえに、いきなり密着した混戦となり、弾切れのサブマシンガンを持ったまま、成す術もなく、やられた。


 短機関銃を手放しても、拳銃かナイフを抜く手間と、状況の把握があって、次々に倒された流れ。


 彼らの立場を考えれば、他の奴らも、同じぐらいに叩いておかないと……。



 殺風景な、ベニヤ板の壁。


 扉の形をしたスペースを後目に、両手でセミオートマチックを握り、次々にクリアリング。


 キュキュッと、靴底のゴムが鳴り、室内を模した空間で、移動を続ける。


 1人のクリアリングでは、どうしても、死角ができてしまう。

 ゆえに、あまりこだわらず、キビキビと動くことが、大事。


 どうせ、伏せていた相手がいれば、反対を向いた時に、襲われるのだし……。



 だが、今回は、SWATの1個小隊、5人だ。


 フラッシュバンなどを携帯しているだろうし、初戦を踏まえて、俺が接近する前に、弾幕を張るだろう……と!



 手が痺れないよう、片手で持ち替えていた拳銃を握り直しつつ、最寄りの出入口に対して、遮蔽しゃへいを取ったまま、停止。


 

 縦一列の連中は、前進を止めた。

 俺がいる方向に対して、それぞれ遮蔽をとる。


 まだ距離はあるが……おっと!


 1人が両手で、アーウェンを持ってやがる!?


「Mask on!(ガスマスク!)」



 ポンッ ポンッ ポンッ



 カンカンカン プシュ―――ッ



 催涙ガスだ。

 連発式のグレネードランチャー、アーウェンで、三発ほど。


 残り、二発か……。



 かけているシューティンググラスは、密閉式ではない。


 乱暴に投げ捨て、身体強化をした後で、走り出す。



 ◇ ◇ ◇



『ムースは、ガスを避けるため、移動を開始! サイトBからCへ』


 小隊長は、横につながったゴーグルと一体化したガスマスクを被ったままで、返事。


『了解。……レッド、こちらへ追い込め!』


『了解!』


 ブウウウッと、乾いた連射音が響き、催涙の手榴弾による噴射音も。


 ピンク色の発煙手榴弾も投げたようで、もくもくと、色つきの煙が上がった。



 普段の制圧とは打って変わった、軍隊式の大盤振る舞いだ。



『隊長! の設置、完了!』


『よし。他の出入口は、潰しておけ!』


 小隊長の指示で、残ったブルーチームが、即興のバリケードを築く。


 部屋になっている部分の出入口に、ドアウェッジを置き、“ここは通れない” という垂れ幕を降ろすだけ。


 ブルーチームの2人は、スリングで下げていた短機関銃を手に取り、安全装置を外す。


『閉鎖、完了! 配置につきます!』




 ――レッドチーム


 滑るように移動した室矢むろや重遠しげとおは、死角へ。


 一瞬で数十発は撃ったはずだが、判定役のヒットコールはなし。


『くっそ! 何なんだ、あいつは!?』

『こちらの視界も、潰れちまった。早く、合流しようぜ?』


 ガスマスクをつけた2人は、横長のゴーグルを通して、ピンクに染まった、冗談みたいな視界を見ている。


 言いながらも、撃ち切った短機関銃の、マガジン交換。

 弾幕を張っているため、瞬間的に、なくなってしまう。


 さっきの武警との戦いを見る限り、恐ろしいスピードで、動く。

 どれかが当たるように面制圧をするから、せいぜい二連射で、弾切れだ。



『ほらよ! 釣りは、いらねえ!!』


 重遠が逃げた方向へ、アーウェンを向けて、残り二発を撃った。


 そのまま、投げ捨てる。



 2人のフォーメーションを組み、移動を開始するも――



 別のガスマスクが、視界に入った。


『左後ろ!』


 とっさに、銃口を向けながら、弾幕。


 もう1人が、フラッシュバンの安全ピンを抜いた。


『フラッシュ!』


 言いながら、重遠のほうへ投げた。


 2人とも、顔を背ける。



 パアアアンッ



 光と音が、周囲に満ちた。


 1人が、両手でシールドを持ち、文字通りに、盾となる。

 マガジン交換を終えた隊員が、その後ろから銃口を向けて、重遠の姿を探す。


 上手くいけば、今の炸裂で、一時的に動きが鈍っているはずだ。

 シールドを撃たれても、ハンドガンなら、10発でも、死亡判定にならない。



 パンパンッ



 ヘルメットの後頭部を叩かれるような衝撃の後で、アナウンスが流れる。


『レッド2名、死亡!』



 2人が、後ろを振り返る。


 床や壁を蹴りつつ、後ろへ立体機動をした重遠は、ガスマスクをつけたまま、ハンドガンを握り、残ったSWAT隊員を仕留めるべく、走り去った。


 死亡と見なされた隊員は、重いシールドを床に置き、もう1人も、銃口を下げた。


『サーカスかよ、あいつは……』

『視界が広くても、対応できたか、怪しいな……』




 ――小隊長とブルーチーム


『ムースは、まっすぐ、そちらへ向かっています!』

『了解』


 カービン――銃身を短くした小銃――を構えている小隊長は、ハンドサインを出した。


 ブルーチームの2名は、それぞれに、発煙手榴弾を投げる。



 前方の視界が、なくなった。



 小隊長は、サーマルスコープを覗いたままで、タイミングを計る。


 設置したのは、指向性のスピーカーだ。

 脳と聴覚にダメージを与える、音響兵器。


 スピーカー部分を2人掛かりで、持ち込んだ。

 その後ろには、外の機材まで繋がっている、ケーブル。


 暴徒鎮圧として使われるが、本来の使用方法ではない。

 メーカーは、そう言っている。



『いいか? 奴の動きが鈍ったら、ありったけ、撃ち込め! 俺たちの誰かが届けば、それで勝ちだ!!』


『『了解』』



 足音が近づき、姿を現したところで、いよいよ、スピーカーを作動。


 同時に、ブルーチームも、自分の銃を構える。



 ところが、次の瞬間に、大音量が聞こえると同時に、脳を揺さぶられるような感じに。


 必勝の形で待ち構えていた3人は、それぞれに、苦しむ。


『ぐっ!?』

『む、向きが?』

『い、いや! 方向は間違っていな――』


 ブゥウウウウウッ


 軽快な連射音が響き渡り、3人の上半身に、横薙ぎの掃射。


 パスパスと、子供の玩具おもちゃのようだったが――


『SWATの小隊長、ブルーチームの全滅! 対戦を終了する!!』



 ビ―――ッ!


 アナウンスと、ブザー音によって、SWATの敗北が決まった。



 彼らは、セーフティをつけて、銃を下げた。


 ハアーッと、溜息を吐きながら、ガスマスクを外す。



 見れば、重遠も、両手で持っている、ヴァイオリンケースのような短機関銃に安全装置をかけ、スリングで下げた。

 

 次に、ガスマスクを外して、プルプルと、顔を横に振っている。



 完全に、子供だな。


 そう思いつつも、小隊長は、できるだけ笑顔を作りながら、近づく。


「よお! 大したものだな? 完全に、してやられたぜ! 最後のは、何をやったんだ? できれば、教えて欲しいのだが」


 不思議そうな顔を見た小隊長は、自分が英語で喋っていることに、気づいた。


 事前の語学レッスンを思い出しながら、質問する。


「あー。『最後、何をしたのですか?』」


 こくこくとうなずいた重遠は、スピーカーを指差しつつ、たどたどしい英語で、答える。


『スピーカー、反射、魔法』


 どうやら、切り札を逆手に取られたらしい。


 苦笑した小隊長は、右手を差し出した。


「ありがとよ」

『こちらこそ』


 重遠は、小隊長と握手したことで、完全に対戦を終えた。

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