第748話 桜技流の過去と今

 薩摩さつまと呼ばれていた頃で、幕府側についた桜技おうぎ流は、当時の筆頭巫女が、警察トップの愛人にされる前に、自決した。


 そのスキャンダルは、今よりもメンツを重んじていた世界では、どちらにとっても、タブーだった。


 会津藩では、婦女子の自刃で、かなりの犠牲者が出ていた。

 日本の四大流派となれば、完全に揉み消すことは、不可能。



 警察の下部組織としての、刀剣類保管局。


 これは、女所帯の桜技流を閉じ込めて、管理するための、おりだ。



 すでに解決した、桜技流の不正があった頃には、警察から離脱することは不可能。


 だが、不正を主導していた武羅小路むらこうじ家と天衣津てんいつ家ですら、最後の一線だけは死守したのだ。


 御刀おかたなの製造工程といった、霊的な守護の部分を……。



 その理由は、自分たちの権益を守るため。


 けれど、腐った連中でも、桜技流の中枢を渡さなかった、と言える。



 現代の主な問題は、だ。



 立場上は、警察官。


 桜技流の人間は、その立場に見合った階級として、扱われた。

 制服、警察手帳などの装備も。


 ただし、その実態は、かなり異質だ。



 なぜなら、刀剣類保管局にかかる人件費、維持費は、から。



 1つずつ、説明しよう。


 日本では、県警があるのだが、刀剣類保管局は、特別扱いだ。

 その管区に縛られず、その敷地内と人員だけ、独立自治区に近い。


 世間が混乱しないよう、正規の警察手帳が渡され、警察官と名乗れる。

 逮捕権なども、一通り。


 

 問題は、ここから……。



 桜技流には秘術があり、御刀を使い、退魔を行う。

 警察も、お役所だから、何をするにしても、書類を作る。


 刑事ドラマで一番おかしいのは、事件が終わった後に、その書類を作らないこと。



 はい。

 ここで、辻褄が合わない部分が、出てきました!


 出動した、桜技流の演舞巫女えんぶみこは、警察官。

 その公務の報告書は、どうなっているんですか!?


 通常であれば、警らの各地点とか、取り締まりの日報。

 出動したら、現場の様子と、関係者の証言を記載した調書。


 だけど、演舞巫女の御刀は、流派の秘密で、相手は化け物。



 書けませええぇえええんっ!!



 敵を撃てない、ロボットアニメの主人公と、同じだ。


 この矛盾は、桜技流の妥協によって、解決した。



 桜技流に支払われた、警察官としての給与、手当は、裏でバックしていたんだわ!

 それと、演舞巫女の犠牲は、全て報告せず。


 内々で処理して、はらわたが食いちぎられたとか、手足がなくなったとか、全身ごと溶かされたとか、警察の現場は、何も知らない状態。


 報告したら、詳しい実況見分で、踏み込まれる大義名分になっちゃうからね……。


 むろん、内部では、犠牲者への補填や治療、辞めた後の世話をしていた。



 桜技流は、刀剣類保管局の費用の全負担と、運営費を別で支払っていたわけ。

 まとまった裏金が、警察サイドに渡っていて、アンタッチャブルの1つだった。



 命懸けで戦っているのに、遊んでいる扱いで、ブチギレの演舞巫女。

 現場だからこそ、何も知らず、偏見が強い警察官。


 この歪みは、百鬼夜行の前で、警察官サイドに振りかかった。


 筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなによる活動停止で、モンスターのパニック映画みたいな現場へ、放り込まれたと……。



 自業自得というのは、桜技流の視点だ。


 事情が知られるにつれて、今度は、きちんと引き継ぎ、ならびに、倒せるだけの装備品を渡さなかった桜技流への批判が、高まってきた。


 殉職した警官の遺族や、関係者にしてみれば、常設部隊で全国の県警に詰めていなかった演舞巫女や、そのリーダーである咲莉菜に責任を取らせるべき、という意見。


 まあ、それやったら、アンタッチャブルをぶちまけて、警察を解体する話になるけどね?


 

 いずれにせよ、顔と名前を明かした咲莉菜は、命を狙われる立場になった。

 今回の訪問だって、命懸けだ。


 幕末からの因縁を解決したことで、女子高生とは思えない働き。



 

室矢むろや警部!」


 声をかけられて、振り向く。


 若い男が、いた。

 ボディーアーマーを着込んだ、特殊部隊のような格好。


「特殊ケース対応専門部隊の、平田ひらた巡査部長であります!」


 ヘルメットを被っていないため、バッと、浅いお辞儀。



 警視庁警備部、警備第三課、特殊ケース対応専門部隊。


 日本警察の異能者で、真牙しんが流の魔法師マギクスによるチームだ。



 俺は、Y機関の諜報員として、警部待遇だったな……。


 思い出しながら、返事をする。


「ご苦労様です。……俺は年下で、正式な階級はありません。普通に話してください」


 頭を上げた平田が、説明を始める。


「ハッ! 私が、室矢さんを担当させていただきます! 装備一式を用意しましたので、さっそくですが、調整をお願いできますか?」


「分かりました。お願いします……」



 高い天井と、広い屋内は、まるで体育館だ。


 しかし、全面が板張りではなく、ある目的のために、設計されている。



 “警察学校 射撃場”


 施設を説明するプレートを見れば、その用途は、すぐに分かるだろう。


 南極遠征の壮行式でも、警視庁の警察学校に立ち入ったな……。



 広い空間には、鉄パイプとベニヤ板による、巨大迷路。


 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館のスタジオで、咲良マルグリットが作ったものの上位互換だ。


 しげしげと眺めていたら、世話係の平田が、苦笑した。


「あー。これですか? 上に言われて、大急ぎで作ったんですよ! 予算がないから、非番の連中も借り出して、ホームセンターや、出入りの業者に問い合わせたり……。ウチは総動員に近く、文化祭の出し物を作っているような気分でした。他の機動隊の連中も、ここぞとばかりに、特ケの女を口説き出すし」


「急に申し出て、すみません」


 パタパタと手を振った平田は、フォローする。


「いえいえ! ウチは異能者の集まりで、けっこう肩身が狭いから……。実際に、精鋭のSWATスワット(スペシャル・ウエポン・アンド・タクティクス)とぶつかったら、どうなるのか? は、興味があります。……ああ、ここです! インナーから必要ですか? サイズを言っていただければ、ご用意できますけど」


 長机の上に置かれた、特ケの装備を見ながら、指定する。


「衣類は、大丈夫です。……タクティカルベスト!」

「はい」


「レッグホルスター2つ!」

「はい」


「セミオートマチック型のバレも、二丁。アタッチメントは、なしで!」

「はい。空気弾のカートリッジで、低出力になりますが?」


 それでいい、と返したら、ガチャッと、2つが置かれた。


「黒のシューティンググラス!」

「はい」


「グローブ!」

「どうぞ」


「手榴弾は?」

「申し訳ありません……。室矢さんが異能者ということで、確保できず」



 今の服の上から、手早く身に着けて、調整を手伝ってもらう。


「拳銃のカールコードは、外してもらえますか? 邪魔なので……」


 悩んだ平田は、いったん、離れた。


 上官らしき人物に尋ねた後で、再び、駆け足。


「お待たせしました! 外して良い、との返事です」


 グリップの底についていた、引っ張ったら伸びるランヤードを外し、スッキリした。


 二丁拳銃で、ビヨーンと伸ばしていたら、使いづらい。



「試射は?」

「可能です! こちらへ!」


 すみのほうに、シューティングレンジがあった。


「1番! 室矢警部の試射で、使用します!」

『了解。しばし、待て!』


 平田の、片手を上げての大声に、アナウンスの返事。


 ビ――ッ


『1番で、試射を行う! 終了の宣言まで、注意されたし!!』



「どうぞ!」


 平田にうながされ、番号が書かれた台の後ろに立つ。


「あっ! 耳栓は、どうされますか?」


「いや、必要ない。ありがとう」



 周囲からの視線を感じながら、両足をキュキュッと動かす。


 グローブをつけた指を確かめつつ、右手でレッグホルスターから抜く。


 左手を添えて、左目のほうに、斜めの構え。


 

 パアンッ


 パンパンパンッ



 特にこだわらず、右の太ももにある、ホルスターへ。


 今度は、左のセミオートマチックを抜き、同じように、確かめる。



 両手を上げつつ、宣言する。


「終わりだ」


「1番! 室矢警部の試射、終了です!」

『了解』


 ビ――ッ


『1番の試射は、終了した! 以後の発砲を禁止する!!』



 強い視線を感じて、見上げれば、巨大迷路を一望できる場所に、アサルトスーツを着た集団がいる。


 逆恨みを防ぐためか、黒のバラクラバを被った状態だ。

 どうやら、俺の対戦相手らしい。


 射貫いぬくような視線だが、ふいと、外された。


 隊長らしき人物が指示して、ゾロゾロと、待機部屋へ戻っていく。



「あれか……」


 その光景を見ていた平田が、説明する。


「あいつらは、SWATの第一小隊です。警視庁の最精鋭で、『東京エメンダーリ・タワー』にも、出動しました」


 へー。


 屋上にいた俺が見つかり、飛び降りた、あの時か……。



「楽しくなってきた!」


「そうですか……」


 平田は深く追求せず、俺に椅子を勧めてきた。

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