第747話 彼氏を自慢したいのは乙女心【咲莉菜side】

 警察庁の、窓がない会議室。

 トップにいる面々は、難しい顔だ。


「残念ながら、特務官2名。稲村いなむら安里あさとについては、死亡と判断せざるを得ません……。以後は、死体の発見があった場合に、身元確認を行う方針です」


 公安のキャリアが、端的に報告した。


 上座に座る人物は、それに応じる。


「ご苦労……。彼女たちが持つ情報は、官舎に残っていないのかね?」


「すでに調査しましたが、全く……。漏えいを恐れて、身に着けていたか、頭の中に入れていたと思われます」


 この対応は、別におかしくない。


 スパイは常に、疑われての身体検査や、ガサ入れを警戒するべき。

 身内の県警であろうと、公安は情報を渡さないのだ。


 警官でありながらMIA(戦闘中行方不明)になった稲村奈央なおと、安里メリッサは、今ごろ、沖縄の離島で釣りをしているだろう。


 彼女たちは、それぞれに体を欠損しながらも、九死に一生を得た。


 桜技おうぎ流の敵になったが、再び警察官として絡まなければ、観光で東京に行ったぐらいで殺す話にあらず。



 ともあれ、話を聞いていたキャリア達は、失望の溜息。



「これで、F県の山奥で発生した、不自然な土石流は、闇の中だな……」

「人骨らしい破片も多く見つかっているから、ぜひ、繋げたかったが」


 F県を管轄としているキャリアは、気まずそうだ。



 ここで、誰かが、確認する。


「では、そろそろ、長官がご決断されると?」


「ああ……。怪異による被害が減っているため、潮時だろう。しかし、後任に泥を被せないため、やれる事は一通り、やっておく。異能者による、新たな部隊編成は、どうだ?」


 担当のキャリアが、慌てて、資料をめくった。


「ハッ! ……申し訳ありません。機動隊の中隊規模は、とても」


「無理か……。内訳は、どうなっている?」



 その後の報告で、桜技流の引き抜きが失敗したことでのダメージが、判明。



「頭数をそろえるだけなら、可能……。しかし、警察官とするには、やからすぎるわけか」


「はい。四大流派に属していないフリーは、やはり、その程度の心構えとスキルしかなく……。言わば、異能者の半グレです。公安の特務官は、例外中の例外でしょう」


 溜息を吐いた警視総監が、応じる。


「無能な働き者か、常に制圧できる状態で使うしかない人間は、いないほうがマシだな! 足を引っ張られるだけだ。まあ、怪異による被害が増え続ければ、消耗を前提で、ぶつけるしかないが」


 変に期待されても困ると、公安のキャリアが、発言する。


「特務官について、申し上げます! 今の発言の通り、彼らの採用と教育は、そう簡単にいきません。稲村と安里の代わりはおらず、穴埋めに奔走している状況でして……」


 座ったままで、片手を上げた警視総監は、あっさりと同意する。


「分かっている。隠密に動ける人材を使い潰す気は、ない……。こうなれば、国土管理省の設立で、桜技流の実働部隊の受け皿を作りたいのだが」


 刀剣類保管局に代わり、筆頭巫女の天沢あまさわ咲莉菜さりなを納得させるには、それを超える立場が必要。


 つまり、中央省庁の1つとして扱い、何が何でも、自分たちの土俵から逃がさないことが目的だ。



「ですが、天沢は、体調不良を理由に、どの県警にも顔を出していません。政治家の先生にも協力していただきましたが、代理人が応じるだけで……」


 形振なりふり構わなくなった彼らは、政治的な圧力も、使い出した。


 とはいえ、そちらは、桜技流も負けておらず。

 不正の摘発で、四大流派として弱体化したものの、咲莉菜の求心力が、尋常ではない。


 内部からの切り崩しも、安曇野あずみの和稟かりんの家庭崩壊で、台無し。


 県警の話でも、桜技流は、これが警察の態度と、考えたのだ。

 そのせいで、家庭を築くことでの内部への浸透にも、深刻な影響を与えている。



 長官が、発言する。


「天沢くんは、もはや、我々と顔を合わせまい……。言いたくはないが、誰かが先走ることも、あり得るからな? 我々の統制でも、端の1人が動いただけで、聞く耳を持たんだろう」


 ほとんど言いがかりでも、身柄を確保すれば、こっちのもの。


 そう考えた一部が、咲莉菜を逮捕すれば、戦争になる。

 比喩ではなく、文字通りに。



 人が変わったように、自己主張をする彼女たちを見たことで、これ以上の不和やトラブルが起きる前にリリースするべきと、上層部は考えた。


 逆恨みをした警官が反社会的な組織と組んで、咲莉菜を襲えば、どちらかが滅びるまでのゲリラ戦になってしまう。

 この場合に、警察の運営方針では、相性が悪すぎる。


 国土管理省の設立は、苦肉の策だ。

 どうしても、と言うほどではない。



 ◇ ◇ ◇



 立派な役員机に向かう天沢咲莉菜は、警察を敵と考えている。


咲耶さくやさまのシュラインユングフラウである、わたくしが、ヴァール・ベフライウングするには及びませんが――」

「咲莉菜さま。日本語で、お願いいたします」


 護衛の1人から、ツッコミが入った。


 どうやら、室矢むろや重遠しげとおの影響を受けたようだ。


 

 2人の重遠が、魔王の山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんを倒し、百鬼夜行は阻止された。


 桜技流としても、手変わりのチャンス。



「主導権は、こちらにあるのでー! そなたは、どう思います? 元警官としては、一番あちらに近い思考でしょう」


 その言葉と視線を受けたのは、応接セットに座る、小鳥遊たかなし奈都子なつこだ。


「はい。……上層部は、これ以上の暴走を避けたいでしょうから、『いったん切り離すことも、やむなし』で、ほとぼりが冷めたら、再び取り込むかと」


 奈都子は、素直に手放すと、予測。


 首肯した咲莉菜は、腕を組んだ。


「まあ、そうでしょう……。わたくしと対決せずとも、次か、その次の筆頭巫女あたりで取り込めば、同じこと」


「あわよくば、多少は情報をつかんでいる、御神刀を確保できれば……だと思います」


 奈都子の付け足しに、咲莉菜はうなずきつつ、アイスを口に入れた。


 1個5,000円の代物だ。


「フフ……。御神刀が、いつまでも地上にあると思うか……。ともあれ、大局が決まった以上、こちらも、歩み寄りの姿勢を見せる必要があるので」


「いかがなさいますか?」


 奈都子の問いかけに、咲莉菜はアイスを食べながら、思考する。


 やがて、ポンと、手を叩いた。


「あちらが『顔を見せない』と予想しているのなら、会いに行きましょう! 『護衛を連れても、1人なら』と思われないよう、大勢で」



 先に辞職と、桜技流の離脱を行っても良いが、それでは、角が立つ。


 その前に、力を見せつけ、諦めさせるというプロセスが、必要だ。



 ジッと見ている奈都子に、咲莉菜が告げる。


「わたくしの護衛で、数名……。あちらの精鋭を片っ端から叩きのめしても、逆恨みされるので! まして、年端もいかない女にやられたとあっては……。だから、重遠に戦ってもらいます」




 ――1週間後


 急な話にもかかわらず、希望通りの対戦相手が、揃えられた。


 よっぽど、絶好のチャンスだと思ったらしい。



 いかにも偉そうな礼服を着た、警察のキャリア達が、ずらりと並ぶ。


「久しぶりだね、天沢くん? 元気そうで、安心したよ……」

「長官も、ご壮健で、何よりです」


 社交辞令の挨拶が、階級の順番に行われるも、全員ではない。


 下の者――あくまで相対的な話だ――は、会釈だけに留める。



 勇退する予定の長官は、わりと諦観。


 咲莉菜は、笑顔だ。



 これから戦うのは室矢重遠で、その関係者は、立会人。


 いっぽう、警察官とは思えない、ガチガチに装備を固めている部隊が、スリングで吊ったサブマシンガンを持つ。


 パワードスーツを着込んだ人間も……。



 1つ、問題があるとすれば――


 重遠の後ろには、武闘派の妖怪の軍勢もいて、本人も霊圧だけで建物を吹っ飛ばせるうえに、バレなしで山を消し飛ばす重力砲を撃てて、空間を渡り歩き、もう1人の『重遠』から受け継いだ、周囲に伸ばした無数の光から一瞬で切り裂ける刀を完全解放すれば、周囲一帯が深海の底のようになるうえ、何なら宇宙クラスの室矢カレナも出張ってくることだ。


 制御できないことに目をつぶれば、必殺技で、別次元に飛ばせる。


 カレナの眷属けんぞくになった咲良さくらマルグリットだけでも、異次元からのエネルギーで、地上を焼き尽くせる。


 警察官にしてはならないのに、警部である北垣きたがきなぎも、重遠が死ねば、御神刀で暴れ出す。


 言うまでもなく、重遠を認めている四大流派も、何らかの行動に出るだろう。



 今となっては、重遠を殺して、本当に死ぬのか? も怪しくなってきたが……。

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