第745話 これが本当のゲームクリア

 このままでは、淫魔王として、捧げ奉られてしまう。

 何とかしなければ……。


 俺の気持ちとは裏腹に、妖怪どもは、騒ぎ続ける。


『この近くにある学校を――』

『触手を生やしてもらい――』


 マズい。

 このままでは、日本は救われても、俺の私生活が息をしなくなる!


 特に、桜技おうぎ流が知った日には、退治と称して、演舞巫女えんぶみこが行列を作りかねない。


 だが……。


 ここで下手を打てば、せっかく止めた百鬼夜行は、再開されるだろう。



 俺は、高層ビルの屋上で、その端に立っているイメージになった。


 倒れるように、下へ吸い込まれていく。


 視界が、無機質なビルの群れから、はるか下にある地上へ。



 これまでか……。



 きっと、犯罪者も、同じような心境だろう。


 仕方ない。

 ここは、俺が犠牲になって――



『諦めないでください!』



 すみれちゃん!


 そうだ。

 ここで諦めたら、どうなる!?


 死んだ目の二条にじょうすみれが、立派な触手を無数に生やした俺を連れて、この人が私の婚約者です、という羽目に!


 くっ!!



 イメージの中の俺が、高層ビルの壁面に立った。


 まだ数百mありそうな地上を見たまま、重力に逆らった体勢へ。



 ほら、考えるんだよ?


 アレだよ、アレ!


 何か良い感じで、こいつらを納得させて、ピンチを切り抜けるんだよ!!



 …………


 …………


 

 いい加減に、笑うのをやめろよ?


 なぎとメグは……。



 何にせよ、こいつらと話しながら、突破口を探すしかない。



「静まれ、皆の者よ!!」


 とりあえず、霊圧で威圧しながら、恫喝した。


 周りの妖怪たちが、俺に注目する。



「俺は、魔王になる気はない! そのことに賛成する者は、いるか?」


『淫魔王さま!』

『なぜ、そのような事を!?』

『必ずや、ご期待に添える貢物こうもつを見つけてまいります!』


 本人が魔王と言っているのに、淫魔王と言い直すな!


 さて、今の発言に反応した奴は……あ!!


 そいつがひざまずいている方向を向き、話しかける。


「お前は…………」



 誰か、あいつ、知っている?


誓林せいりん女学園を襲撃した妖怪たちの幹部で、首謀者の大太郎だいだらを止めにきたのでー!』


『演舞場に現れた大太郎を追ってきた、大天狗おおてんぐそう……。お兄様も、一緒に聞いたはずですよ?』


 よし!

 でかした、咲莉菜さりなと、夕花梨ゆかり!!



「大天狗の壮よ……。久しいな! 前に会ったのは、誓林女学園だったか? 発言を許す」


 顔を上げた壮は、礼儀正しい雰囲気のまま、立派な和装だ。


「覚えてくださっているとは……。恐縮です」


 ごめん。

 すっかり、忘れていたよ……。



「うむ! 俺の考えを分かっているのは、お前だけのようだ! 説明しろ!」


 とりあえず、喋らせてみて、都合が悪かったら、まとめて始末すればいいか……。



「ハッ! いん……魔王さまは、人間でございます。第一に、それが問題となります」


 壮の発言に、周りの妖怪が騒ぐ。


『妖怪になっていただけば、それで良いだろう?』

『そうだ!』


 首を横に振った壮は、俺の表情を気にしながら、説明する。


「い……魔王さまは、高天原たかあまはらに連なる者を母君としており、四大流派の多くにも、関係を持っています。父君も、千陣せんじん流の重鎮です」


 そうだね。


「……魔王さまをお迎えしたいのは、俺とて、同じ。けれど、それでは、高天原の軍勢との決戦になるだろう。むろん、い……偉大なる魔王さまであれば! 勝利を収めるに違いない!! だが!」


 あのさ?

 俺を呼ぶ時、妙に間が空くのは、どうしてだ?



 少しだけ、冷や汗を流した壮が、説明を続ける。


「俺たちにも、大きな犠牲が出るだろう……。いや、皆まで言うな! 死を恐れずに戦うことは、ほまれである!! だが、俺たちに穴が開けば、その補填には時間がかかる。先代のゴロー様よりもお優しい魔王さまは、それを嘆いておられるのだ」


『そ、そうなのか!?』

『何と、慈悲深い……』


 そうなんだ!?



 壮の視線を感じた俺は、ゆっくりと、うなずいた。


「よくぞ、見抜いた! さすが、先代さまも重用しただけの事はある!!」


 知らないけど、雰囲気とポジション的に、そんな感じだよね?


 

 感服した壮は、震える声で、応じる。


「もったいなき、お言葉……」



 ここぞとばかりに、畳みかける。


「いいか? 俺は、人間だ! ゆえに、地上で人として生き、人として死ぬ! それでこそ、天と地、お前たちがいる場所の調和がとれるのだ! 俺が戦えば、全てが壊れてしまう。全てがな? それは、望まん」


 フリーデン・デ・ドライ・ヴェートゥンが、エス・イス・ゲッショルトだからな。

 軽々しくは、動けないのだよ!



 周りが、おお! という顔になったから、すかさず、宣言する。


「では、壮! あとは、任せた……。責任は俺がとるゆえ、好きにせよ」


「ハッ! お、お任せください」



 やった!

 誤魔化せた!!


 早く、帰ろう!




 ――WUMレジデンス平河ひらかわ1番館のパーティールーム

 

 ドッと疲れを感じて、近くのソファーに倒れ込む。


 近寄ってくる、室矢家の女子たちを見ながら、改めて、【花月怪奇譚かげつかいきたん】を乗り切ったことを実感した。



「残りの高校生活……どうしようか?」



 独白した後で、『千陣重遠しげとお』から頼まれた、最後の仕事を思い出す。


 急ぎではないから、次に千陣流の本拠地へ行った時に、済ませておく――


「あの、若さま? ひいらぎ家から、結論をくださいと、何度も連絡が……」


 南乃みなみの詩央里しおりが、恐る恐る、伝えてきた。


 溜息を吐いた後で、咲良さくらマルグリットの巨乳を枕にしながら、告げる。


「母親の仇は、討った……。そう、返事をしておけ」


「はい」


 遠ざかる詩央里は、ピタリと立ち止まって、振り向いた。


「若さま……。ゲームはもう、クリアしましたか?」


 その意味を理解した俺は、軽い気分で、応じる。


「ああ……。予定よりも、早かったがな?」


 周りは首をかしげる中で、詩央里だけが、笑顔になった。



 

 それからの話をしよう。


 妖怪の軍勢は、鬼龍きりゅう城へ戻った。

 どうやら、地獄にあるらしいが……。


 地上にいる妖怪の一部が、連絡役になった。


 正々堂々の果し合いで、力を見せたこと。

 壮による説明もあり、落ち着いたようだ。


 俺が寿命で死ぬまでに、後継者を立てる、と言われた。


 

 そういえば、鍛治川流の話が、あったな?


 ネタばらしをすれば、鍛治川かじかわ流が、19年前の『京都の四大会議』で、警備の責任者だった。


 警備スタッフが、山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんに刃を向けたことでの落とし前をつけるため、鍛治川流の宗家の首を取ろうとしたが、今は次代を育てているから、そいつに五郎左衛門との決闘をさせると、話を逸らした流れ。


 その際に、鍛治川流の宗家が、自分は代々、四大流派を警備している流派ゆえ、日本の代表であると、言い切ったそうで……。


 五郎左衛門の百鬼夜行は、その約束の履行だったわけよ!


 孤児として放り出された航基こうきは、その霊力の高さを見込まれ、魔王の五郎左衛門にぶつけるため、育てられた。


 妖怪サイドから情報を得て、あっさりと、最後の謎が解けた。



 馬鹿みたいな話だ。


 壮も呆れた表情で、先代さまが許しても、俺たちは許していないんで、腕試しを兼ねて、鍛治川流の門下生を襲撃していましたと……。



 鍛治川流の宗家は、時間稼ぎをして、自分は寿命で死ぬつもりだったな?


 大胆な提案で、五郎左衛門の興味を引けたが、それだけに、彼の失望も大きかった。



 航基も被害者だったが、俺の中から消えた『千陣重遠』と比べて、どうでもいい。

 原作と比べて弱体化したわけだし、勝手に生きろ。


 まあ、高校卒業と、進学か就職までは、支援してやるさ……。

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