第744話 千陣重遠の悲願

 ――自宅の座禅で、内面の『千陣せんじん重遠しげとお』と会っていた時


 紅い空に照らされている、廃墟の群れ。

 そこで、俺たちは、話し合っている。


 椅子代わりの瓦礫がれきに座ったまま、これまでの事情を説明し終わった。


 対面で座っている『千陣重遠』は、最後の情報で大笑いした後に、うなずく。


『だいたい、分かったぜ……。要するに、俺が眠っている間で、高校生になっていたと……。お前に釣られたのか、こっちも、同じぐらいの精神年齢だ。しかし、何と言っていいのか』


 文明が崩壊した後の空を見上げたまま、千陣は、溜息を吐いた。


「すまん……」


 視線を戻した千陣は、首を横に振った。


『お前がいなくても、あの体験のように、俺はどうしたって、破滅だぜ? 原作とやらで、生き地獄を繰り返したことには、思うところもあるが……。それで、室矢むろやは、どうしたいんだ?』


「千陣……。お前に、この体を返したい。何にせよ、それが筋だろう?」


 脱力した千陣は、座ったままで、両足をブラブラと動かした。


『まあ、そうだな……。けどよ? 今更なあ……。仮に、俺が戻ったら、お前は、どこへ?』


 心配そうな顔の千陣に、答える。


「俺の式神のカレナに頼めば、恐らく、似たような体を用意してくれるだろう。それが無理なら……仕方ないさ」


 立ち上がった千陣は、ツカツカと歩いてきて、俺の胸ぐらを掴んだ。


『ふざけるなよ、室矢! お前は、これだけ引っ掻き回しておいて。原作の……【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、主人公が一定ターンを我慢するだけの、イベントボスに勝てと言うのか!? 俺1人で!』


 胸ぐらを掴まれたまま、千陣に答える。


「いや、俺も協力するさ……。経緯はどうであれ、俺にとって、お前は双子の兄弟と同じだ。……やっぱり、詩央里しおりたちとは?」


 ゆっくりと、俺を地面に下ろした千陣は、うつむいたまま、応じる。


『ああ……。俺には、無理だ……。あいつらは、顔も見たくない……。むしろ、俺と同じ体験をしたお前が、どうして仲良くできるのか、不思議でならないぜ』


 背中を見せて、フラフラと歩いた千陣は、再び、元の位置で座った。


『俺は、お前とは違う……。目が覚めたら、いきなり高校生。それも、最終決戦の場だ。将来的には、隊長格の力があっても、その使い方を知らないし、鍛えている暇もない。だが、母親を殺したあいつ、山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんだけは、絶対に許せないんだよ! この手で、仇を討ちたい!!』


 千陣は、決意した目つきで、言い放つ。


『だから――』




 高天原たかあまはらにて、一振りの御神刀を受け取った。


 上から両手に感じる重みで、悲しくなる。



「ご希望の通り、刀にしたわ……。あとは、好きにしなさい」


 ウーちゃんは珍しく、吐き捨てるように、言ってきた。



 ゆっくりと抜刀すれば、いつもの第二の式神とは違う、金属の光。


 静かに、戻す。



「あなたに1つ、言っておくけど……。これで、私と無関係になったわけじゃない。たとえ、別の神格になったとしてもね? また、遊びに来なさい」


 無理やりに、笑顔を作った『ウーちゃん』は、背中を見せた。



 両手で持つ刀を見た俺は、ポツリと、つぶやく。


「じゃ、行こうか。千陣……」


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・



 ――サンキューな、室矢



 その言葉を残して、『千陣重遠』は、消え去った。


 本人が手に入れるはずだった全てを封じ込め、御神刀にした、あいつは……。



 何1つ残さず、俺の手の中から、失われた。



 様々な強敵を倒し、今の南乃みなみの詩央里たちと上手くやっている俺に、自身の復讐を任せたのだ。


 それが、あいつにとっての、最善だったから……。



 動きやすい和装で、第二の式神による刀を持ち、驚いている五郎左衛門に、告げる。


「双子の片方が死んだ場合、まるで自分の半身が失われたように、感じるらしい……。今の俺は、まさに、それだ」



 ああ、怒っているんだよ。


 俺は初めて、原作ネタ以外で、激怒した。



 『千陣重遠』の悲願を叶えるため、あいつの力だけで、戦ったのだ。


 自分を御神刀に押し固め、その全てをぶつける、手伝いを……。



 今、あふれ出る霊力、それは俺自身のもの。


 神威を含んだソレは、風圧のごとく、目の前に立つ五郎左衛門にぶつかる。



「先に、答えてやるよ……。これが、俺の……室矢重遠の力だ」



 心配していたのは、『千陣重遠』に、自分の全てを返すのかどうか。


 別に、魔王の五郎左衛門に勝てるかどうか、じゃない……。



 全てが、取り払われた。


 『千陣重遠』は、力を出し切って、消滅。


 つまり、あいつに遠慮する時間も、終わったのだ。



「ここからが――」


 一瞬で距離を詰めてきた五郎左衛門の斬撃に対して、見ないまま、片手の刀で受け止める。


「何を驚いている? そちらの刀輪演舞とうりんえんぶ無間むげんを凝縮した太刀を止められたことか? ……同じ、完全解放だ。受けられて、当然だろう?」


 鍔迫つばぜり合いで、ギャリリッと響かせながら、続きを話す。


万海ばんかい海闊万象かいかつばんしょうは、最初から発動している……」


「お主は、いったい……」


 その意味を理解した五郎左衛門は、完全解放した力の結晶である、俺の刀から逃れようとした。


 けれど――


 四方から伸びた光の筋が、奴を取り囲む。



「あいつも、律儀なもんだ……。最後に、置き土産をしていくとは……」


 絶望に満ちた五郎左衛門を見るも、別に優越感はない。


 不意を突いたであろう、脇差わきざしによる刺突も、片手で受け止めた。

 本来なら、刃で切り裂かれるはずの手の平は、ビクともせず。


「驚くことは、ないだろう? 刀であろうが、その本質は霊圧や、神格による戦いだ。相手よりも強ければ、こうもなる」


 掴んでいた脇差を圧し折った後で、刃を合わせたままの、五郎左衛門に、言い放つ。


「俺はもう、新たな神格だ……。そして、いちいち斬撃を振るう必要もない」


 伸びている光は、『千陣重遠』の力を継承したから。

 全てが俺の斬撃であり、前のように、ブンブンと刀を振るわずとも、切り刻める。


 これに未来予知を加えれば、確殺だ。



「1つだけ、訂正する! 『千陣重遠』が許せないのではなく、俺たちが許せないんだ!!」



 五郎左衛門が抵抗する前に、囲んでいた光による斬撃が、通りすぎた。



「お見事……。最後に、お主の名前を聞かせてくれないか? もう一度……」


「室矢重遠だ……」


 うなずいた五郎左衛門は、ギャラリーの妖怪たちに、宣言する。



「喜べ! 今、ここに、新たな魔王が誕生する!! 祝え! ハハハハハ――」



 満面の笑みを浮かべたまま、五郎左衛門は、バラバラになった。


 ここに、原作の主人公である、鍛治川かじかわ航基こうきくんが、止めるんだ! 俺たちが戦う必要はないはずだ!! と説得し続ける、イベント戦闘の裏ボス、山本五郎左衛門は、倒されたのだ。


 今から思えば、イベント戦闘で、百鬼夜行を止めたのは、呆れ果てたから、という理由だった?

 グラフィックも、真顔だったし。


 何よりも、『千陣重遠』の名前が出て、もう倒した、と聞いた後に、戦闘が終わったからなあ……。



『『『ウオオォオオッ!!』』』



 見守っていた妖怪たちが、一斉に、歓声を上げた。



 敵意はないため、隙を見せないように、納刀。



『新たな魔王さま!』

『この御方は、女子から、下着を捧げられているそうだ!』

『では、先ほどの女子たちを探し、捧げようではないか!』



 おい、待て?


 それ、桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこの連中がやっている、おパンツ奉納の儀式か?


 高天原で、『アーちゃん』達が、笑い転げながら、それを伝えてきたんだぞ……。


 どこの世界に、パンツを捧げられ続けて、神格になる奴がいるんだよ?


 そもそも、何の神だ?

 女子のパンツを守護するのか?


 あと、夕花梨ゆかりシリーズなら、とっくに関係を持っているから。



『淫魔王さま!』

『この勢いで、地上と天界に攻め入り、淫らの世を打ち立てましょう!』


 だから、止めろと、言っているだろ?

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