第743話 1,000年の古都、燃ゆるー④

 山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんは、残った大刀を持ちながら、解放する。


刀輪とうりんえ――」

「演舞・無間むげん


 なぜか、室矢むろや重遠しげとおが、続きを述べた。




 東京のパーティールームにいる女子たちは、その光景に、困惑する。


『え? 重遠さんは、どうして!? あ、あの刀を知っているのでしょうか?』


 二条にじょうすみれの疑問に、誰も答えられない。


 南乃みなみの詩央里しおりだけが、目を閉じたまま、考えている。




 見せ場を奪われた五郎左衛門は、困った顔に。


「お主……。頼むから、邪魔せんでくれ……。だが、知っておるのか? ならば、分かっていよう! 私が、解放すれば、もはや勝ち目はないぞ?」


 暗に、降伏して、軍門に下れと言う、五郎左衛門。


 首を横に振った重遠は、影のある表情で、言い返す。


「やってみなければ、分からないさ……」



 気を取り直した五郎左衛門は、改めて、解放する。


「万象を切り裂け、刀輪演舞・無間」



 その瞬間に、周囲が塗り替えられた。


 無限のような広さの平地だが、その地面は鋼鉄となり、辺りに火の粉が舞い散る。

 真昼のような明るさが照らしていて、太陽ではなく、溶鉱炉のよう。


 上空には、無数の刀、槍が浮かび、いかにも、飛んできそうだ。



 五郎左衛門が持っていた刀は消えたものの、空から降ってきた、長柄の太刀を握った。


「これが、私の力だ……。敬意を表するだけの敵に、使用する」


 槍のような切っ先を向けたものの、まだ動かず。


 両足の下などから、火の粉が噴き出ていて、触っただけで焼けそうな状態。


 静かに、相手が準備をするのを待つ。



「そんなに……の力を見たいのか?」



 重遠は、紫色に光る刀を握り直した後で、完全解放を行う。


「これで、終わってもいい……。迅雷風烈じんらいふうれつ……万雷ばんらい



 彼が立っている場所で、天に向かい、光の柱が伸びた。


 その霊圧だけで、五郎左衛門が用意していた、空中の武器の数々が、吹き飛ばされる。


「素晴らしい! さあ、これ――」


 白いロングソード。


 形容するのなら、そうだろう。


 それは、五郎左衛門が両手で持つ、長柄の太刀をへし折り、さらに、彼の胴体に突き刺さっている。


 両手でつかを握っている重遠は、両手両足に、白い防具をつけていた。


 胴体には、動きを妨げない、青い鎧。

 

 何よりも、両肩を保護するように付けられた、肩当てが特徴的。

 動力を兼ねているのか、光の粒子を放っている。



 自身に刺さったロングソードを掴んだ五郎左衛門は、重遠の突進に耐えられず、串刺しのまま、無限の空間を――


「ぐううぅううっ!!」


 うめきながらも、とっさに、鉄による空間を解除した。



 イベントホールの壁を突き破り、京都の夜空に、2人が飛ぶ。



 五郎左衛門は、完全解放の力を凝縮して、機動力のあるロボットを等身大にしたような重遠を蹴り飛ばす。


 その反動で、ようやく、白い剣から抜け出て、空中に止まる。


 だが――


「雷光……」


 同じように、空中で立つ重遠は、爆発的な霊圧を放ちつつも、それを収束させた。


 緑色の球体から現れた時には、その粒子を纏ったロングソードを持つ。



 無数の武器を1つにまとめた太刀で、重遠のロングソードを受け止めた。


 今度は、切り捨てられることなく、つば迫り合いのような構図に……。



 重遠がフリーにした右拳にも、同じように霊圧が膨張しては、収束する。


 慌てて、下がろうとした五郎左衛門は、間に合わず。


 ドゴオッと、鈍い音を立てて、砲弾のように、愛宕あたご山へ吹っ飛んだ。



 さらに、追撃する重遠。



 崩れゆく、愛宕山。


 そこから、次々に叩きつけ、姫路城を更地にした後で、瀬戸内海へ。


 タワーを超える水柱が上がり、水中戦に。




『ギャアアァアアッ!? わ、私の城がああぁああっ!』


 小坂部おさかべけいが、まさに、絶叫した。


 初老のオッサンが何度も叩きつけられ、跡形もなくなったのだ。

 本物ではないにせよ、トラウマもの。


 もしかして、さっきの、これで終わってもいいの台詞は、姫路城を言っていたの? と思った後で、泡を吹いて、倒れた。


 アディオス、慧!



 室矢家の女子たちは、それを気にせず、話し合う。


『これ……マズいよね?』

『ええ。かなり危険だわ……』


『どうしようか?』

『そうですね……』


 どの顔を見ても、深刻そうだ。


 全く理解できない菫は、不思議そうに、問いかける。


『あ、あの……。これだけ圧倒しているのに、どうして?』


 ソファーに座っている面々は、一斉に見た。


 気圧された菫に、南乃みなみの詩央里しおりが、説明する。


『簡単に言えば、危険すぎます……。たとえば、あなたが寝坊して、ギリギリで登校する場合は、どうでしょう?』


『えっと……。し、出席に間に合うよう、急いで……あ!』


 話が結びついた菫は、思わず、声を上げた。


 首肯した詩央里が、話を続ける。


『ええ、そうです。今の若さまは、全力……。なればこそ、先に力尽きる、もしくは、カウンターをもらえば、立て直せません』


 ここで、北垣きたがきなぎが、付け加える。


『そもそも、別の世界を作り上げているに等しい状況で、この完全解放……。もし勝てても、再び霊力ゼロに戻るかも? それだけなら、まだいいよ。短命に終わることすら……』


 錬大路れんおおじみおも、同意する。


『この先にあるはずの可能性を全て注ぎ込み、無理をしているのであれば……。それも、あるでしょうね』


 菫は、呆然とした。


 他の女子を見るも、それを否定する者はおらず。



 見えている重遠は、空中へ吹き飛ばした五郎左衛門に追いつき、膝蹴りで、相手をくの字に折り曲げつつ、地面に。


 隕石が衝突したような爆発音と、クレーター。



 凪は、諭すように、告げる。


『だから、菫ちゃんも、覚悟しておいて? 重遠くんの敵討かたきうち――』

『敵討ちって、何ですか!? あの人は、まだ戦っているんですよ!』


 立ち上がった菫は、泣きながら、絶叫した。


『だったら、今すぐ、助けに行ってあげてください! できますよね!? 私じゃ……私じゃ、行きたくても、行けないんですよぉ』


 泣き崩れた菫は、近くの女子に、抱きしめられた。



 けれども、助太刀は、当の室矢重遠が、望まないのだ。



 妖怪を滅ぼすことは、実質的に不可能。


 総大将である山本五郎左衛門を倒し、その武威をもって、退かせるしかない。



 詩央里たちは、ある意味で、羨ましかった。


 幼い菫だからこそ、素直に話せる。


 彼女たちは、冷静を装っているものの、内心では、すぐに行きたいのだ。




 見れば、第二の京都というべき場所の決闘は、クライマックスを迎えていた。


 お互いに完全解放に耐えられず、元の姿で地面に立ち、刀を向け合っている。



『次の一撃で……決まるね』

『ええ』


 凪と澪は、独白した。



 勝負は、スピードの差で、決まった。


 重遠の、雷のような速さは、五郎左衛門の胴体を刺し貫き、内部から紫電が焼き尽くす。


 断末魔の叫びを上げつつ、焼かれていく五郎左衛門。


 人型の炭となった彼は、ドサリと、倒れ込む。



 同時に、耐えきれなくなったのか、重遠が握っている刀も、バキッと折れた。


 柄すらも、サラサラと、消えゆく。



 重遠は、手の平を見つめつつ、独白する。


「終わったな、全て……」




『やった! やりました!! こ、これで、帰ってくるんですよね? ……良かっ――』

「ハハハハハハハハ! よく、これだけ戦った!!」


 文字通りに飛び上がった菫が、喜びの声を上げている途中で、倒したはずの五郎左衛門の笑い声。


 両手を上げたままの彼女は、決闘の光景を見る。



 そこには、傷1つない、魔王の姿があった。



 二刀を差している五郎左衛門は、無防備に立つ重遠に、説明する。


「偽者とはいえ、私を倒した……。その功績は、見事だ! けれど、もはや御神刀は消え失せ、お前の神格と霊力も、底を突いた。恨むのなら、人の身であることの限界を恨め」


「ああ、そうだな……。俺の神格と霊力は、もう残っていない……」




『諦めないで! 諦めないでください!!』

 

 必死に菫が叫ぶも、重遠は、観念したかのように、立ち尽くす。


 腕を上げようとすら、しない。




「刀輪演舞・無間で、入れ替わった。卑怯とそしりたければ、好きにせよ……。だが、最後に勝つのは、私だ」


 ゆっくりと大刀を抜いた五郎左衛門は、白刃を煌めかせ、切り捨てようと――



 思わず目をつぶった菫が、覚悟を決めて、戦いの結末を見る。




 そこには、刃文はもんのない刀を抜いた重遠が、立っていた。



『抜刀術……』

『これほどの技は、たぶん、二度と見られないでしょう』


 凪と澪の会話によれば、どうやら、見ていない間に、抜刀術によるカウンターをしたようだ。


 ハッキリしているのは、重遠が、まだ戦えるということ。

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