第742話 1,000年の古都、燃ゆるー③

 WUMレジデンス平河ひらかわ1番館のパーティールームで、ソファーに座っている二条にじょうすみれ


 彼女は、自分の心象風景の中にある、京都のイベントホールで戦う室矢むろや重遠しげとおが、高所に立つ光景を見る。


 もはや、どちらにも、逃げ場はない……。




 立体的なライトアップがされた会場で、見下ろす重遠は、刀を差した和装のままで、つぶやく。


「お前は、山本さんもと五郎左衛門ごろうざえもんだ……」



 いっぽう、ホールの床に立つ五郎左衛門は、それを見上げつつ、応じる。


「お主は、室矢重遠だな……」



 ――その会話は、久々に会った、友人同士のようでした



 重遠は、左手をさやに添えて、鯉口こいぐちを切りながら、近くの階段を下りていく。


「長かった……。これで、ようやく終わる」


 同じく、大刀に手をかけながら、五郎左衛門が応じる。


「お主はなぜ、千陣せんじん流に、忠義を尽くす? どう考えても、恨みしかないだろうに……」


「ああ、そうだな……。酷いものだった……」



 ――それを聞いた瞬間


 ――詩央里しおりさんと、夕花梨ゆかりさんが緊張したことが、分かりました



「今からでも、我らと組まんか? 厚遇するぞ? ……お主の女たちも一緒で、構わん」


「正直に言えば……千陣流は、どうでもいい」


 首をかしげた五郎左衛門は、右手をつかに添えたままで、同じ高さの視線になった重遠を見る。


「他の四大流派に、義理立てか?」


「いや、それも違う……」


 示し合わせたように、向き合った2人は、自身の差料さしりょうを抜く。


 不意を突く抜刀術ではなく、片手で握り、切っ先を下に向けたまま。




 パーティールームで一緒の、なぎさん、みおさんが、素っ頓狂な声。


『んん? 刃文はもんがある!? こしらえも、違うね……』

『これ……違う刀だわ』


 私には、よく分かりませんが。

 どうやら、重遠さんが愛用する御神刀とは、違うようです。


 心象風景のイベントホールに意識を戻し、ふと、思いました。



 この2人は、初対面であろうに、誰よりも、お互いを理解していそうな雰囲気。


 国を滅ぼす魔王と、それを討つ勇者とは、思えません。




「俺には、どうでもいい……。ただ、お前を許せないだけさ」

「そうか……」


 両手で柄を握った重遠は、ゆっくりと、歩き出す。


 対する、五郎左衛門も。


 そして、私の婚約者は、最後の一言を呟きます。



 ――俺ではなく、『千陣重遠』がね?



 次の瞬間に、重遠の姿が、消えた。


 風切音が続き、金属同士の擦れる音へ。


 菫の気づかないうちに、剣戟けんげきが始まっていた。


 

 刀の切っ先が、交差したまま、絡み合うように動く。

 

 素人の菫にすら、相手の刀を弾き飛ばすため、駆け引きしているのだと、理解できた。


 ギャアアッという金属音に、飛び散る火花。

 袴で見えにくいが、お互いの両足も、忙しく動いているようだ。



 距離が、詰まった。


 お互いに体当たりしつつも、肘や足による打撃を交えている。


 傍から見れば、子供の喧嘩のようだ。



『怖いねー! 気を付けないと、一瞬で足を刈られるか、関節を決められるか、投げられつつ、トドメを刺されるよ』


 北垣きたがき凪の解説によれば、相手を崩すために、当て身を入れながら、服を掴んでは、振り払いつつ、コンパクトに斬るか、突いているのだとか……。


『あの! きょ、距離をとったほうが?』


 座ったままで、錬大路れんおおじ澪が、見つめてきた。


『下がれば、刀を振れる間合いになり、最大のダメージで斬られるわよ? だから、相手の攻撃を受けつつも、先に崩して、致命傷を与えようと、頑張っているの』


『基本的に、下がり際が危ない! 前へ出る分には、相手の攻撃を潰せるし、逆に安全なんだよ』


 凪が、付け加えた。



『剣術とは、思えません……』


 菫は思わず、呟いた。


 ハッと、手で口を押さえたが――



『まあ、喧嘩だね! 流派の動きじゃない……』

『幕末の斬り合いと、同じ。柄の握りがどうとかじゃなく、相手を殺すだけ』


 意外にも、凪と澪は、菫の発言を肯定した。


『捨て身に近い体術を交えた流派は、あるけど……』

『暗器を使わない点では、そちらより、正統派かもね?』




 五郎左衛門と重遠は、お互いに刃を向けながら、距離を取った。


 小休止で、切っ先を降ろしつつ、ユルユルと動き続ける。



 今度も、重遠が先手。


 床を滑るように近づき、相手の正面で、下から掬い上げるような、切り上げ。

 

 受け流されるも、刃の向きを変えて、上から下へ――


 途中で止めて、自分の体を守るように構えつつ、軸を変えた。


 その直後に、別の風切音と、刃がぶつかる音。



「残念……。引っ掛からなかったか……」


 言った五郎左衛門は、両手に、刀を握っていた。


 大小の刃が、鈍く光っている。


 今の斬撃は、とっさに脇差わきざしを抜いて、斬りつけたようだ。




『二刀流……』


 ゴクリと、唾を飲み込んだ菫に対して、凪が説明する。


『別に、二刀が必ず強いわけじゃない! 剣道の試合だと、そのルール上、有利になりがちだけど……』


『五郎左衛門は、だいぶ慣れているわね? 長さが違う大小の振りで、自然な動きだわ』


 澪が、緊張した様子で、言い捨てた。


 菫は、たまらずに、質問する。


『あ、あの! 重遠さんは、どうすれば、勝てるんですか!?』


『二刀は、短いほうで攻撃をさばきつつ、すかさず、大刀で斬りつけるか、突くのが基本! だから、それを崩せるかどうか』


『相手は常に、両手が塞がっている。どちらかに回り込み、もう片方を使えない状況にすることも、有効よ? 上手に弾くか、刃を制しながら斬りつければ、二刀がどちらも使えないでしょう。あるいは、足を払い、転ばすか』


 凪と澪は、スラスラと、答えた。


『大変……ですよね?』


 菫の問いかけに、2人は首肯した。


『二刀あれば、どちらかを投げてもいいから……。相手が熟達しているほど、面倒だよ』

『刀を投げる剣術もあるわ! 普通は、拾った、敵の刀だけど……』





 重遠は、刀を構えたまま、静かに告げる。



「放て、雷火らいか



 次の瞬間に、彼の姿が消え、五郎左衛門の左肩は、縦に切り裂かれた。


 赤い血が噴き出るも、すぐに止まる。


 初めて、驚愕の顔つきに。



 雷の音が、イベントホールに響き渡った。



 通りすぎた場所にいる重遠は、紫色に光る刀を持ちながら、雷のようなスピードだった。


 自身も、バチバチと、放電しているような状態。




 東京で見学していた、室矢家の面々は、驚く。


『え? ど、どういうこと!?』

『誰かに、新しい御神刀をもらったの?』


 いっぽう、何も知らない菫は、オロオロするだけ。


 御神刀を持っていることから、てっきり、室矢重遠の切り札だと、思っていたのに……。




「それが……お主の御神刀か? 私を斬れれば、倒せるだろうが――」


 ギィキィインッ


 五郎左衛門が左手で持つ脇差が、悲鳴を上げた。


 斬られた形に、バラバラと落ちていく。



 今のすれ違いで、脇差も、切り刻んでいたのだ。


 言い換えれば、五郎左衛門は、それに気づいておらず。



 重遠は、雷火という、紫色の刀を動かしつつ、挑発する。


「本気で来い! でなければ、次は、お前の首を落とすぞ?」



 低く笑った五郎左衛門は、役立たずの脇差を投げ捨てて、両手で大刀を握った。


「手を抜いて、大変申し訳ない……。だが、今の一撃で首を狙わなかったこと、悔やむぞ?」




『こ、これなら、勝てますよね!?』


 思わず、両手をグッとした菫に対して、他の女子たちは、悩む表情。


『うーん……。今の攻撃は、「首を狙わなかった」のではなく、「狙えなかった」と思うよ』


『ええ。私も、その意見だわ』


 剣術のプロと言うべき、凪と澪は、あっさりと否定した。



 千陣夕花梨が、ポツリと言う。


『魔王と呼ばれる妖怪が、急所を無防備にするとは思えない。それに、奴が振るう刀……。これだけとは、思えないわ』


『はい……』


 南乃みなみの詩央里も、肯定した。

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